立命館大学アート・リサーチセンター所蔵
浮世絵名品展 第一期 出品目録

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歌川国芳(大判錦絵1枚)                                         UY0322
「義勇八犬伝 犬山道節」
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嘉永3年(1850)3月〜嘉永5年頃 (見立)

犬山道節〈5〉市川海老蔵
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 本作には、当時の出版界の検印である名主印が二つあることから、弘化4年から嘉永5年の間の製作と判断できるが、天保改革時に豪奢な生活が咎められ江戸から追放されていた〈5〉市川海老蔵が江戸へ戻るのは嘉永3年3月であり、また、同5年11月の興行を最後に再び江戸の地を離れるので、製作年代はこの期間と推測できる。ただ該当する興行が見あたらないため、見立絵の可能性が高い。八犬伝に登場する道節は印を結んでおり、同じ八犬伝物で円塚山の段を描いたUY0005・0006の直後の場面、つまり忍びの秘術を使って荘助をやりすごす場面を描いたとものと思われる。
 なお、早大演劇博物館に「義勇八犬伝」シリーズで〈1〉坂東しうかの犬坂毛乃を描いたもの(参考図005-0527)があり。〈1〉坂東しうかは嘉永5年1月市村座「里見八犬伝」で毛乃を演じている。

三代目歌川豊国(大判錦絵1枚)                                UY0140
「仁木弾正直則」
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嘉永5年(1852)1月15日 中村座
こぞってくるわみますのだてぞめ
挙廓三升伊達染 一番目六幕目

仁木弾正直則〈4〉市川小団次
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 著名な御家騒動の一つ伊達騒動は、伊達騒動物として多数の芝居を生み出した。その中でも「伽羅先代萩」(安永6年4月大坂中之芝居初演)と「伊達競阿国戯場」(安永7年8月江戸中村座初演)はその代表作であり、両芝居で使われた趣向は、一体化され、繰り返し利用されていった。この絵が取材した芝居も、そうした伊達物の一つ。〈4〉市川小団次が演じる仁木弾正は長裃で印を結んでおり、今日でも頻繁に上演される「床下の場」である。この仁木弾正は〈5〉松本幸四郎が当たり役としたもので、この絵にも見られる「三銀杏の紋に四つ花菱の長裃」という衣装は、〈5〉幸四郎のそれを踏襲したものである。

三代目歌川豊国(大判錦絵1枚)                                UY0171
「召仕おはつ」
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嘉永5年(1852)3月3日 市村座
すみだがわついのかがもん
隅田川対高賀紋 七幕目 奥庭仕返の場
 
召仕おはつ〈1〉坂東しうか
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 この作品の取材狂言は、女忠臣蔵とも呼ばれる「鏡山」の世界と、新宿の飯盛女郎と深い仲になり遂に家名断絶になったという実話に基づく「鈴木主水」の世界を綯交ぜにしたもの。帯に刀を差し、片肌を脱いでいるお初の姿から「鏡山」の大詰の奥庭の場面を描いたことがわかる。局岩藤に草履で打たれた中老尾上は後に自害。忠義の召使いお初は、主人を死に追いやった岩藤を屋敷の奥庭に呼出し、主人の仇を討ち、二代尾上として取り立てられる。

歌川国芳(大判錦絵1枚)                    UY0182
「船越実ハ若菜姫」
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嘉永6年(1853)2月10日 河原崎座
しらぬいものがたり
しらぬひ譚 序幕
 
船越実ハ若菜姫〈1〉坂東しうか
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 嘉永2年に刊行が始まった合巻『白縫譚』は一躍ベストセラーとなり、最も早く劇化されたのが、この作品が取材した嘉永6年の河原崎座での興行である。山城国芹生の里に住む賤の女すずしろは、叔母の企みによって誘拐されるが、豊後国錦が嶽の蜘蛛の精霊によって助けられ、自身が大友宗麟の忘れ形見である若菜姫であることを告げられる。この蜘蛛の精霊から蜘蛛の妖術を譲り受けた若菜姫が、大友家を滅ぼした菊池家に復讐を図るというのが大まかな粗筋。笄にある模様の「花かつみ」、そして蝶に意匠化された「三つ大」はともに坂東家に所縁の紋である。

三代目歌川豊国(大判錦絵1枚)                                UY0326
「御誂跳五色染 黄」「おこま」「才三郎」
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万延元年(1860)9月 (見立)

才三郎〈1〉河原崎権十郎、おこま〈3〉岩井粂三郎
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 年月改印から万延元年9月の製作とわかるが、この時期江戸三座は焼失したため興行がなく、おそらくは見立絵と判断できる。お駒として描かれている〈3〉岩井粂三郎は、2年前の安政5年4月に江戸中村座で才三郎役の〈1〉中村福助を相手にお駒を演じている。画賛の「きるゝをおしむ」には、髪結の才三郎と恋仲の白木屋の娘お駒が親から無理に結婚させられた夫に毒を盛り、それが露見して刑場で首を切られることをふまえている。黄色の見立てとなっているのは、お駒のモデルとなった実説の白子屋のお熊が黄八丈の着物を着ていて、巷説に広がり芝居の上演とともに定着したイメージであるからである。
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画中「縞からにほれた小袖のいとしさにきるゝをおしむ黄八丈 花のや」とある。

三代目歌川豊国(大判錦絵1枚)                              UY0164
「豊国揮毫奇術競」「菊池香寿丸」
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文久3年(1863)6月 (見立)

菊池香寿丸〈3〉市川市蔵、[捕手]〈2〉中村桃三ヵ
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 〈3〉歌川豊国の「奇術競」シリーズは、妖術や奇術を使う有名な人物に役者を見立てたもので、様々な妖術が色鮮やかに描かれており、大変魅力的な作品が多い。この絵の「菊池香寿丸」の正体は不明で、どのような妖術使いなのかは、今では知られていないが、「菊池」という姓から九州を舞台とした話の中に登場する人物なのであろう。幕末の退廃的な世相のなかで、大流行していた長編伝奇小説の合巻『白縫譚』をもとにしたと思われる作品。この合巻には様々な怪奇や妖術使いが登場し、嘉永6年2月には江戸河原崎座でこの合巻を脚色した芝居も上演されている。

歌川国周(大判錦絵1枚)                                         UY0144
「苅萱道心 沢村訥升」
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明治2年(1869)5月19日 守田座
じだいせわあやつりけんだい
時代世話操見台
 
苅萱道心〈2〉沢村訥升
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 「苅萱道心筑紫☆」の五段目にあたる高野山の場面を描く。九州の大名加藤繁氏は今は苅萱道心と名乗り高野山で修行する身。そこへ父を尋ねて一子石童丸が訪れるが、仏に使える身ゆえに親子の名乗りもせず、つれなく追い返す。〈5〉沢村宗十郎がこの苅萱道心で大当りをとって以来、沢村家のお家芸として今日に至っている。画面周囲の枠にある紋の「 菊」は沢村家の替紋。この一連の具足屋から刊行された大首絵のシリーズは国周の代表作で、国周が明治の写楽と呼ばれるのもこのシリーズの高い評価をうけてのものである。

歌川国周(大判錦絵1枚)                                          UY0227
「敦盛 沢村訥升」
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明治2年(1869)3月19日 守田座
こうしょくしきしまものがたり        すまのみやこげんぺいつつじ
好色芝紀島物語 二番目 須磨都源平躑躅
 
敦盛〈2〉沢村訥升
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 現在でも度々上演される「一谷嫩軍記」の先行作にあたるのが、この作品の取材した「須磨都源平躑躅」である。無官太夫敦盛は女装し、小萩と言う名の扇折りに身をやつし、京都五条の扇屋に匿われている。そこへ源氏の武将熊谷直実と姉輪平次が敦盛の詮議に訪れる。熊谷の機転で扇屋の娘桂子を敦盛の身替りにし、敦盛の危難を救う。描かれている場面は、鎧姿に身を改めた敦盛と熊谷が五条橋で戦場での再会を約束する場面。画面周囲の枠にある模様の「千鳥」と「観世水」は沢村家所縁の模様である。

歌川国周(大判錦絵1枚)                                        UY0188
「奇術十二支之内 巳」「大蛇丸 中村芝翫」
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明治10年(1877)2月 (見立)
 
大蛇丸〈4〉中村芝翫
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 大蛇丸は長編合巻『児雷也豪傑譚』に登場し、その名のとおり大蛇の妖術を用いて、主人公の児雷也やその妻綱手に敵対する人物。大蛇丸の着る着物の不気味な斑の模様は、大蛇の鱗を意識したもので、大蛇丸を大蛇そのものに見立てている。また薬玉から垂れる糸の先端が大蛇丸の妖術によって蛇になっている。国周の師である〈3〉豊国の晩年の大作「豊国揮毫奇術競」にもこの大蛇丸を描いた作品があり、国周はそれをほぼ踏襲しており、僅かに全身像を半身像に改めた点が国周の創意である。(参考図)

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