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●「太平記菊水之巻」(文化10年7月15日中村座)

文化10年7月15日 江戸中村座
「太平記菊水之巻」

二番目初日
序幕
 里見家の重宝鯉魚の印子を紛失の咎によってお預かり番の小柴掃部は切腹、子息六三郎(尾上松助)は、大工となって町家に住まい宝の詮議をしている。六三郎は、里見家出入りの福島屋の娘お園(沢村田之助)と深い仲で、奥女中勤めのお園は懐胎との噂。亡き福島屋清左衛門とお園を嫁に取る約束をしていた梶川長兵衛(市川市蔵)は、六三郎の腕に「お園命」の彫り物を見つけた上、お園の腹帯を確かめていよいよ面白くない。六三郎の乳母の娘かしくのお松(尾上松助)は、おばァと異名の悪婆で六三郎を弟分に世話しているが、長兵衛はお松に鯉魚の印子の袱紗を渡し、お園の腹の子を薬で堕す相談を持ちかける。
 柳島の大のしに仕事に来た六三郎は、お園と痴話喧嘩【F2-2】。長兵衛一味の若林七郎助(中村東蔵)が六三郎に貸した金の無理催促をし、長兵衛も共に縺れあうはずみに障子を蹴放し、隣座敷の船越十右衛門(坂東三津五郎)の目尻に傷がつく。十右衛門は、投げ込まれた状箱の中の小判を投げ返して長兵衛の目尻にも傷をつけ【F2-1】、さらに長兵衛からお園を嫁に取る清左衛門との約定書を取り返す。

中幕
 宿下りの期日の切れるお園(沢村田之助)は、六三郎(尾上松助)と駆落ちしてお松の家の二階に転がり込む。六三郎が福島屋との交渉に十右衛門を頼みにいった留守、お松(尾上松助)はお園の髪を梳きながら、六三郎と切れて梶川につけと勧める。日が暮れたが油を切らしたお松は、行水をつかう。蛍籠に隠した印子の袱紗の古金襴が、蛍火の灯りに浮かび上がり、来かかった十右衛門(坂東三津五郎)が、その様子を窺う。お松は、袱紗を取って行こうとするお園に、堕し薬を飲ませようとするはずみに、薬を顔に浴びて火傷を負う。
 面相の変わったお松は、中木場の土手でお園に追いつく。雷雨の中で立ち回りの内、後ろの藪畳から六三郎がお松に切りつけて、止めをさす。

大切前幕
 向島の福島屋の別荘では、お園の伯父清兵衛(助高屋高助)が、循定院環春光阿禅昇居士(四代目瀬川路考)と善覚院奉誉了玄居士(四代目沢村宗十郎)の新盆の回向をしている。訪ねてきた中村少長(中村七三郎)と市川露鶴(市川伝蔵)、頭取市川団車(市川弁蔵)の噂話から、心中に出たお園(沢村田之助)と六三郎(尾上松助)が暇乞いのために表に来ている【F2-3】ことを知った清兵衛は、新仏の仏前によそえて表の二人に異見をする。お園と六三郎は書置と印子の袱紗を投げ入れ、清兵衛は亡き二人に誂えた比翼の小袖を投げてやる。
   <注> 四代目瀬川路考は文化9年11月29日に、四代目沢村宗十郎は文化9年12月9日に没している。
      助高屋高助は、四代目宗十郎と田之助の伯父にあたり、実際の両人の新盆を舞台に取り組んだ趣向。
      F2-3の灯籠には、路考と宗十郎の紋がみえる。

大切 短夜仇散書(常磐津連中)
 比翼の小袖を着たお園(沢村田之助)と六三郎(尾上松助)は、大師堂道を死出の道行に出る【F2-4】。仲の良かった宗十郎と路考にあやかって、未来で添い遂げる嬉しさを語る折から、木母寺念仏堂の勧化に出た田舎娘(瀬川多門)に行き会う。
 二人で死覚悟をするところへ、長兵衛一味の猪之助が追ってくる。六三郎は、これを捕らえて長兵衛のもとまで引きずってゆき、長兵衛らと大立ち回りの末、長兵衛の懐から鯉魚の印子を引き出すが、誤って水に落とす。印子の鯉は一丈あまりの大鯉と変ずるので、六三郎は水中に飛び入って鯉と立ち回り、ついにこれを手に入れる【F2-5】【F2-P2】。

二番目二日目
序幕
 吉良の家中柏木助三郎(中村七三郎)と、関口孫太夫の娘お才(市川伝蔵)は恋仲であったが、お才に横恋慕する梶岡文蔵(沢村金平)が三光の正宗の名刀を盗ませたため、助三郎は刀紛失の咎によって追放されて古手屋八郎兵衛(市川市蔵)の世話になり、お才は深川の芸者に出る。八郎兵衛は女房おくのと祝言を挙げていながら、深川芸者のお妻(沢村田之助)に通いつめているが、お才身請けの手付け三十両の後金、七十両の工面をお妻に頼む。お才に気を移したものと誤解して悋気したお妻も快諾をする。助三郎は、お才の身の代で正宗の刀を質受けするが、お妻の父佐次兵衛(中村東蔵)と八郎兵衛の義弟太平次(坂東熊平)に中身をすり替えられてしまう。

中幕
 深川の粂本で、八郎兵衛(市川市蔵)は、助三郎(中村七三郎)から贋物と知らず正宗の刀を受け取る。文蔵がお才を身請けする話が起こったため、お妻(沢村田之助)にも今晩の九ツまでに後金の工面を念を押して頼む。お妻は、父佐次兵衛(中村東蔵)が判を捺さないので年季を延ばすこともできず、金策につまる。そこへ以前よりお妻のもとに通い続けている香具屋弥兵衛(坂東三津五郎)が、八郎兵衛に縁切りをして、自分と夫婦の契約をすれば七十両やろうと持ちかける。驚くお妻に弥兵衛は、主筋の八郎兵衛の、女房おくのが不憫なのでお妻と遠ざけるための一旦の方便と、色でない義理づくの入り訳を語る。お妻が思い切って承知する折から、八郎兵衛が戻ってくるので、満座の中で愛想づかしをする。弥兵衛がお妻の新しい色は自分だと名乗り、佐次兵衛も親が認めた恋婿と側から口を出す。いよいよ後金の刻限も迫り、八郎兵衛は、瞋恚に身を震わせて、お才の手を引き立ち帰る。弥兵衛は、お才を身請けのため約束の七十両を佐次兵衛に手渡す。

大切 文月恨鮫鞘(常磐津連中)
粂本の二階で、お妻(沢村田之助)が独り書置をしたためている。八郎兵衛(市川市蔵)は、お妻と弥兵衛を切るべく頬冠り姿でやって来る【F2-6】。そこで、刻限も来ぬ内にお才が文蔵に請け出されたことを知り、文蔵(沢村金平)・佐次兵衛(中村東蔵)らに打ってかかるが逆に散々に打擲され、さらに正宗の刀も贋物とわかり、重ね重ねの凶事に無念がる。弥兵衛(坂東三津五郎)とお妻が涼みに出てくるので、八郎兵衛は切りかかり、本雨の中で血みどろになりながら、書置を渡そうとするお妻【F2-P3】を惨たらしく刺し殺す。なおも弥兵衛を目がける【F2-7】が、弥兵衛はお妻の書置を残して逃げる。書置を読んでお妻の真意を知った八郎兵衛が、切腹しようとするのを弥兵衛が止め、さらに元関口の下僕弥助(尾上松助)が、助三郎お才の両名を救い、本物の正宗の刀を手に入れてかけつける。

<<二番目三日目>
※本作は台帳が現存しないため、本作と同じ三代目坂東三津五郎の半兵衛による「心中宵庚申」の書替え狂言「心中嫁菜露」(享和3年2月中村座)に準拠しつつ、役者絵、番付を参照して、あらすじを推定した。

<序幕>
 八百屋半兵衛の妻お千代(沢村田之助)は、姑去りにされて、父島田平左衛門(助高屋高助)の家に戻る。浜松の親元からの戻りに立ち寄った半兵衛(坂東三津五郎)は、千代の姉おかる(市川おの江)が立腹の様子を不審がるが、千代の姿を見て驚く。平左衛門が千代に読ませた平家物語の祇王と清盛の喩えから、自分の留守中に姑去りにされた様子を悟った半兵衛は、命にかけて千代を連れ帰る。平左衛門も半兵衛の心根に感じ、門火を焚いて二人を見送る。

<二幕目>
 八百屋では半兵衛の義理の母おたま(市川市蔵)が、甥嘉兵衛(尾上松助)の不行跡を叩き直すと箒で追い回すのを、半兵衛(坂東三津五郎)と下女おたけ(山下八百蔵)が止めている。家主太郎兵衛(助高屋高助)はじめ念仏講中の面々が、千代(沢村田之助)を連れてくるが、おたまは千代の作った団子の重箱を投げ返し、太郎兵衛にも箒を振り上げる有様。半兵衛が、千代を一度でも家に戻してさえくれれば、その後で誓って離縁すると、おたまに持ちかけるので、おたまは千代を呼びにやり、下へもおかぬもてなしをする。千代は無邪気に喜ぶが、おたまに促された半兵衛は、千代に去ったと告げる。なおも箒を振り上げるおたけを嘉兵衛が散々に打ち据えるが、おたまが「嫁にいびり出される」と喚き出すので、半兵衛は千代に去り状を渡す。始終を見届けた半兵衛の兄山脇重蔵(市山七蔵)は、半兵衛に脇差しを残し置いて去る。自裁せよとの謎と悟った半兵衛は、書置を認める【F2-8】。切腹しようとするのを、たち戻った千代が止め、共に立ち退いて死ぬ覚悟を定める。様子を窺った嘉兵衛が、野菜尽しによそえて短慮を異見するが、二人は手に手を取って家を抜け出す。

<大切 三重襷賄曙>(富本連中)
死出の道行に出たお千代(沢村田之助)と半兵衛(坂東三津五郎)【F2-9】【F2-P4】を、嘉兵衛(尾上松助)が探す途中で、在所おどりの賤の女(坂東三津五郎)と田舎娘(沢村田之助)に行き会う【F2-10】。 

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