鷹狩

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たかがり


画題

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解説

東洋画題綜覧

狩猟に用ひる所謂鷹狩は、その起原極めて古く、支那にあつては西紀前二千余年既に行はれてゐたといひ、印度、アラビヤ、ペルシヤでは更に古く行はれてゐたこと種々の発掘物等によつて証せられてゐる。我が国では仁徳天皇の四十三年九月、依網屯倉阿弭古が鷹を献じた時、天皇百済の酒君を召して之を問はせ給ふと酒君はこれに答へ奉り、やがて此鳥を酒君が飼ひ馴らして雉を猟したこと書紀に見え此の時鷹甘部が定められ、又、桓武天皇は毎日政を聞召しながら南殿の帳の中に鷹を椅子に据ゑ、其爪を切り給うたとあり、弘仁二年には新修鷹経が出来、宇多醍醐の二帝鷹狩を好ませられ、その鷹場を禁野と称された、放鷹術は一条天皇の御宇出羽守源斉頼に始められ十八の秘事、三十四の口伝があり、持明院家にこれを伝へた、徳川八代将軍またこれを好み鶴の御成と称し、特に鶴を猟したことも有名である。なほ鷹狩には巣鷹狩、羅鷹狩、大鷹狩、小鷹狩、鷂狩などの方法がある、最近では左の作がある。

前田青邨筆  『鷹狩』  第廿一回院展出品

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)