豊干

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ほうかん


画題

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解説

画題辞典

「ぶかん」(豊干)を見よ。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

支那唐代禅宗の高僧、天台宗国清寺に居り身長七尺、人が仏理と問へば唯『随時』と二字を答へるばかり、に騎つて松門に入り衆僧を驚かしたり、誰にも解らぬ寒山拾得の語るを解しこれと交つたり、奇行頗る多く、古来寒山拾得と共に三幅対に画かれたり、虎を加へて眠る処を四睡といはれたり、よく画題となつてゐる。

天台豊干禅師者不知何許人也、居天台山国清寺、剪髪斉眉衣布裘、人或問仏理、止答随時二宗、嘗誦唱道歌、乗虎入松門、衆僧驚畏、本寺厨中有二苦行曰、寒山子拾得二人執爨、終日晤晤潜聴者都不体解、時謂風狂子、独与師相親、一日寒山問、古鏡不磨如何照燭、師曰、氷壷無影像猿猴探水月曰、此是不照燭也、更請師道師曰、万徳不時来教我道什麼、寒拾倶礼拝、師尋独入五台山、迭礼逢一老翁、師問莫是文殊否、曰豈可有二文殊、師作礼未起、忽然不見、(趙州沙弥挙似和尚、趙州代豊女云文殊々々)、後廻天台山示滅、初閭兵公胤出牧丹丘、将議巾車、忽患頭疼医莫能愈、師造之曰、貧道自天台来謁、使君閭丘旦告之病、師乃索浄器、呪水噴之、斯須立瘥閭丘異之、乞一言示此去安危之兆、師曰、到任記謁文殊普賢曰、此二菩薩何在、師曰、国清寺執爨洗器寒山拾得是也、閭丘拝辞乃行尋至山寺、問此寺有豊干禅師否、寒山拾得復是何人、時有僧道翹対曰、豊干旧院在経蔵後、今閴無人矣、寒拾人見在僧厨執役、閭丘入師房唯見虎跡、復問翹豊干在此作何行業、翹曰唯事舂穀供僧、閑則諷詠乃入厨尋訪寒拾。  (伝灯録)

豊干禅師を画いたものその作極めて多い、主な作を列挙する。

伝李竜眠筆  京都妙心寺蔵

狩野永真筆  京都天寧寺蔵

狩野常信筆  池田侯爵家旧蔵

雪村筆    中川家旧蔵

牧渓筆    水戸徳川家旧蔵

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)