落人

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おちゅうど


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歌舞伎

原名題は「道行旅路の花聟」。清元舞踊劇。三升屋二三治作。天保四年(1833)、七世市川団十郎(海老蔵) の勘平と三世尾上菊五郎のお軽で初演した。 丸本の「仮名手本忠臣蔵」だと、三段目の「喧嘩場」のあとに裏門の場があって、主の大事に遅れた勘平が申訳のため切腹しようとするのをお軽にとめられ、二人は一まずお軽の故郷へ落ちてゆくところがある。この場面を清元の舞踊劇にし、場所も菜の花の咲き乱れる春の戸塚山中に変え て、派手にした。非常に流行している曲で、現在忠臣蔵の通しには、この「落人」は定りになってしまった。落人というのは語り出しの文句の、「落人も見るかや野辺の若草の……」からとった。