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総合

能(のう)は、日本列島、中でも日本中世の関西地方において、独自の発達を遂げたと推測され、現在でも引き続き行われている、能楽(のうがく)と総称される芸能の中の一部である。現在では、日本の古典芸能と位置付けられている。日本に伝承される芸能の中では、現在、歌舞伎(かぶき)と並んで、最も規模が大きいものである。現在伝えられている曲目は、約二百曲ある。

能楽と総称される芸能のうち、《翁(おきな)》(《式三番(しきさんばん)》)、及び、狂言(きょうげん)を除いたものを能と呼ぶ。ただし、これらを含めた全体を「能楽」の別称として「能」と呼ぶ場合もある。ここでは、これらを除いた狭義の能について解説する。

仮面劇・音楽劇

能には様々な上演形態(例:素謡(すうたい)・仕舞(しまい)・一調(いっちょう))があるが、本来的形態は、舞台(ぶたい)において、仮装(扮装)した俳優によって行われるものであり、ストーリー性を持つ一種の演劇である。多くの曲において、中心的演者が仮面(かめん)を着ける――仮面を着けない役もあるが、そのような役でも意図的に顔を無表情にしておく――点が能の本質的特徴である。そのため、能は「仮面劇(かめんげき)」と説明されることが多く、また、すべての曲に謡(うたい)や囃子(はやし)を伴うので、「音楽劇(ミュージカル)」と説明されることもある。

芸術性

十四世紀後半から十五世紀にかけての「大成期」(能の大成期(のうのたいせいき))以降、能は芸術化への道を歩んで今に至る。「古典芸能」と呼ばれているのは(「古典」と認められているのは)、芸術性を備えているからこそであり、現在、その独自の芸術性によって、ユネスコの世界無形文化遺産に、日本の芸能の第一号として登録されている。能を芸術と捉える視点に立てば、その種類は〈舞台芸術〉であり、その表現に時間を要する〈時間芸術〉であり、舞台装置・シナリオ・音響・立ち役(たちやく)の身体的動作などから構成される〈総合芸術〉である。 芸術性を持つ能の演出の特徴をあえて集約すれば、おおよそ次のようになる。

  • 歴史の中で、型(かた)や決まり事が能の演出技法の基礎と位置付けられ、現在、それらの緻密さ・複雑さによって、上演舞台は非常に整った印象を与える。
  • 舞台装置・立ち役の表情表現などが、近代的リアリズムから離れ、象徴的かつ簡素であり、雑然とした表現や現実の生々しさを排除した印象を与える。上の1の点は、もう一つの日本の代表的古典芸能である歌舞伎にも共通するが、2の点は、能が歌舞伎と大きく異なるところである。

様々なとらえ方の可能性

能は、ある一面を切り取って「能とはこういうものである」と説明できない、いわば奥が深い存在である。それは、主に次の二つの点と関係していよう。

  • 能は、「総合芸術」という説明が可能であるように、多くのファクタ(要素)から構成される点。
  • 大成期から、能の演者が扮する対象として多くの種類の人物または超人が視野に入れられ、めでたさ・悲しさ、ゆっくりしたもの・速いもの(ただし現在では全体的に比較的緩やかなテンポを持つ)、奥ゆかしいもの・派手なものなど、対照的なファクタを取り込む全円的な存在を目指してきた歴史を持つ点。

したがって、能の世界全体を小宇宙に譬えることもできれば、能に接する人がそれぞれ関心を持つ面に着目する、その人ならではの楽しみ方も可能である。このように、能は、人によって、また場合によって、様々なとらえ方の可能性を持つ存在であると言える。能を「幽玄の世界」などとする既成概念やキャッチフレーズをいったん離れて現実の能と向かい合うところから、能との付き合いが始まるのではないだろうか。


画題

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解説

東洋画題綜覧

猿楽の能芸と云つたのを、後に略して単に能と云ふやうになつた、舞楽の一種で最初は神前の舞踊であつたが、当時の舞容音楽などを集めて大成し、後には将軍家の式楽となつた、而も猿楽の一種の能芸として立つたのは鎌倉時代の末であらうといふ、室町時代の初に諸社の大社には各数座の猿楽の家があつて神事能を勤めた、春日神社に結崎(後世の観世)外山(後世の宝生)坂戸(後世の金剛)円満井(後世の金春)の四座があり、日吉神社に山階、下坂、比叡の三座、伊勢大神宮に和田、勝田、主門の三座、賀茂住吉にもあつた、応永中結崎次郎清次、足利義満の童坊となり、此伎を演じて寵せられ観阿弥と称した、其子元清、世阿弥と称し父子新曲を製し孫元重、音阿弥と称し、観世音の頭字を取つて観世と改めた、盛に武家に用ひられ観世、宝生、金剛、今春を四座の猿楽と称し江戸時代に及んだ、徳川綱吉の時新に喜多の一座を立てた。  (大言海)

その舞台面と舞台姿を画いたもの、能画として行はる。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)