安達原

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あだちがはら


画題

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解説

画題辞典

安逹原に陸奥国にあり、一に黒塚という、悪鬼の故事を以て知らる。拾遺集に「陸奥の国名取の郡黒塚というところに重之が妹あまたありと聞きていひつかはしける」(平兼盛)「みちのくの安逹が原の黒塚に 鬼こもれりといふはまことか」是れ鬼の住むと云い伝えられたるによりて、女を鬼と詠みしなり、然るに之より此伝説を本として、謡曲にては「安逹原」と題し、その地に道踏み迷いし山伏の、鬼女の住処に一夜の宿りを求めて、終にあるじの鬼女を祈り伏する事を趣向として作る。続いて江戸時代の演劇又草双紙の類には、之より更に趣向を替え、安逹原の事実を悪婆のこととなし、姙める婦人の腹割きてみどり子取り出して啖ふことなどに作り、専ら人口に膾炙し、浮世絵などの好画材となつた。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

(一)安達原は今の福島県岩代国安達郡大平村附近で、現に黒塚の古跡があり、古の鬼の窟の跡と伝へらる、出所は『拾遺和歌集』に

  陸奥の国名取の郡黒塚といふところに重之が妹あまたありと聞きていひつかはしける。

みちのくの安達が原の黒塚に鬼こもれりといふはまことか  平兼盛

とあるのから来てゐる、鬼女が棲んで、みごもつた美女を取り喰ふ趣向などにして伝へられ、歌舞伎の『一つ家』になつたりしてゐる。

一勇斎国芳筆  『一つ家』  金竜山浅草寺蔵

(二)謡曲の名、一名黒塚、氏信作、安達原に道ふみ迷つた山伏が、鬼女の住家に宿を求め終に鬼女を祈り伏せる筋、一節を引く

「ふしぎや主の閨の内を、物のひまよりよく見れば、膿血忽ち融滌し、臭穢は満ちて肪脹し、膚膩こと/゙\く爛壊せり、人の死骸は数しらず軒とひとしく積み置きたり、如何さま是は音にきく、安達が原の黒塚に、こもれる鬼の住かなり、恐ろしやかゝる憂き目を陸奥の、安達が原の黒塚に鬼こもれりと詠じけん、歌の心もかくやらんと、「心も迷ひ肝を消し行くべき方は知らねども、足に任せてにげて行く。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)