百人一首の悉皆研究をめざしたことで、必然的にかるたの収集も行った。必ずしも研究に直結したわけではないものの、その膨大な享受史に途方に暮れたこともある。肉筆のかるただけならそんな数にはならなかったのだが、版彩色となると一体どれくらい流布したのかもわからなかった。さらに明治期の木版かるたなど、研究者から見放されていたので、やむなく数百個を収集するまでに至った。ただし必ずしも揃っているわけではない。むしろ札の足りないものの方が多かったので、撮影されなかったかるたも少なくない。
百人一首の悉皆研究をめざしたことで、必然的にかるたの収集も行った。必ずしも研究に直結したわけではないものの、その膨大な享受史に途方に暮れたこともある。肉筆のかるただけならそんな数にはならなかったのだが、版彩色となると一体どれくらい流布したのかもわからなかった。さらに明治期の木版かるたなど、研究者から見放されていたので、やむなく数百個を収集するまでに至った。ただし必ずしも揃っているわけではない。むしろ札の足りないものの方が多かったので、撮影されなかったかるたも少なくない。