C4-0 顔世御前...

 顔世御前は太平記の登場人物の一人である。室町時代に出雲国と隠岐国の守護を務めた塩冶判官高貞の妻であり、絶世の美女として名を知らしめていた。別名内匠頭の室と呼ばれていた。
『太平記』巻二十一「塩冶判官讒死事」では顔世の美しさを聞きつけた足利尊氏の執権である高師直が横恋慕を企み、夫の塩冶判官を讒言し、顔世もろとも悲惨な最期に追い込む場面が描かれている。師直は顔世を一目見たいと顔世の侍女に頼み込むが、しつこさに困り果てた侍女は師直を諦めさせるために顔世の湯上りの素顔を見せる。しかし侍女の思惑とは裏腹に湯上り後も薄れない色香に師直は恋心をより募らせてしまう。
 湯上りの顔世を垣間見る師直の姿を描いた構図は、江戸時代以降の大衆的な出版物のなかに、たくさん残されている。
 一方、顔世に対する師直の横恋慕の件は、『太平記』の世界を使って、赤穂浪人の討入事件を浄瑠璃作品にした「仮名手本忠臣蔵」(寛延1年(1748)大坂・竹本座初演)の発端に組み込まれた。この「仮名手本忠臣蔵」が、人形浄瑠璃のみならず、歌舞伎にも取入れられ、頻繁に再演を繰返し、以降、日本で最も上演頻度の高い演劇となり、さらには映画やテレビでも扱われていった。その中で、史実の赤穂事件とフィクションとしての「忠臣蔵」が渾然となり、塩冶判官(赤穂事件の史実では浅野内匠頭)の正室顔世御前(史実では瑤泉院)が、「忠臣蔵」の人物として印象を強めている。(林.)