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担当:古川朋弥
ワークショップ4日目。朝10時のバスで美濃和紙用具ミュージアムふくべに向かう。この日は美濃和紙ミュージアムふくべ、美濃和紙の里会館見学、美濃の和紙を用いた摺りのデモンストレーションが行われました。講義は「美濃和紙保存のための自治体と民間による文化的実践活動」(美濃市教育委員会人づくり文化課、本美濃市保存会事務局長 清山健さん)、「和紙と呼ばれる紙のこと」(日本画家 藤田飛鳥さん)の二本立て。廃校を利用したミュージアムの中で過ごし、前日より余裕があるスケジュールで助かりました。
ワークショップ前半の高知滞在では、和紙の原料となる楮の栽培や管理、和紙を作るための主な工程をざっと学び、美濃では和紙づくりに関する大小のあらゆる道具、米作りや養蚕など、農林漁業に使われた用具類を見学しました。展示物はすべて旧片知小学校周辺の集落で実際に使われていたもので、紙漉きに使われる簀(す)の材料になる竹ひごの加工台、和紙の商品名と思われる墨摺りの版木に紙切り板、美濃竹工房や幸工房でも見かけた便利版と呼ばれる(色々と便利に使えるという意味)サイズの簀桁も陳列されていました。軒先で和紙を干す家が並んだ昔の写真を眺めつつ、地元の方による解説を通じて、長年にわたりこの地域で和紙が作られていたことを実感しました。
清山さんによる講義では、10年以上にわたる本美濃和紙の技術継承の取り組み、たとえば独立する前の紙漉き職人のための工房施設の運営、刷毛職人さんの後継者育成のエピソードなどから、紙漉きはもちろん紙を漉く前後の工程を担う職人・技術の集積があってこそ、この地で伝統的な和紙作りの技術が継承されていると知りました。
藤田さんは、日本画の制作に必要な和紙を素材として研究するにあたり、那須などの楮の産地に出向き、工房の方々と共に農作業を手伝いはじめたこと。植物が紙の原料として加工され、和紙なるまでの一連のサイクル、産地ごとの特徴などを自ら撮影、編集した映像資料で紹介されました。
午後の摺りのワークショップでは、伝統木版の摺師、須田さんの波裏6版摺りのデモを見学。普段は版元さんから届く版木と見本摺りを元に作業されていること。この作品は最初に主版を摺るけれど、2版目をどの版から始めるかは摺師によって順番が異なる。などの仕事の裏話や、絵の具用の瓶はプラスチックラップを重ねて二重蓋にすることで、絵の具がこぼれるのを防ぐなど、真似したくなる豆知識も蓄えることができました。
話はそれますが、須田さんの横でときどき解説をしてくれる小川さんの工房では、今も2階の展示室で見かけた紙切り包丁を使って和紙を化粧裁ちしているとのこと。この日はどこかの工房で仲間とワラワラと作業をしているような、タイムスリップ感のある1日でした。
また、夜の交流会ではとても印象深い会話がありました。ケイトが「ごくたまに、和紙にちょっとした傷が入ってあるのはどうして?」と質問したところ、美濃竹工房の豊美さんから、紙漉き作業のどのタイミングで起きたことやら。いくつか考えられることはあるけどと前置きしつつ「もしかしたら、乾かしているときに雪の結晶がついたのかも」と。豊かな自然に囲まれた環境なら十分に起こりうると察しつつ、日々あらゆることに配慮しながら紙を漉く。まちがいなく機械よりも精度の高い作業を静かに繰り返す凄さがクールに伝わってきました。
今回のワークショップで得た一番の収穫は、日本の木版画(浮世絵)の発展は各地で丈夫な和紙が作られていたから。という事実を目の当たりにできたことにほかなりません。摺師がノリノリでばれんを使っても破れない和紙があるからこそ、絵師、彫師、摺師らが、それぞれの持ち場で技術を切磋琢磨できたのだと思います。浮世絵に描かれている現代の私たちとはかけ離れた暮らしをする人々、黄表紙の解説本に出てくるおちゃらけ摺師の姿を地続きの世界として想像できるようになりました。
また、現在進行形で日本の和紙文化が途絶えないように取り組みを続ける講師陣の姿勢にも大いに触発されました。気候変動による材料の品質変化、時代の変化もあるけれど、日本の自然環境から生まれた素材を用いて制作できること自体、とても恵まれていると再認識しました。7日間の学びを生かし、今後の制作に結びつけたいと考えております。
幸草紙工房
幸草紙工房
美濃竹工房
美濃和紙用具ミュージアムふくべ
鉄井さんが持参した浮世絵の裏面 (MI-LAB)
ばれんの摺り跡を見て、かなり早い手つきでノリノリで摺っているのが分かるね。とお聞きしました。
【4日目】10月16日
