福嶋康博

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【テーマ設定】

インタビュー計画概要:経営的な視点から俯瞰するゲーム産業の勃興と発展

大テーマ:

住宅情報誌の発行や持ち帰り寿司店など、様々な事業経営を経てゲーム産業に参入した福嶋康博氏の視点を通して、日本のゲーム産業、特にサードパーティメーカーがいかにして成立し、発展していったかを構造的に解き明かすものである。CESA(コンピュータエンターテインメント協会)の発足、中古ゲームソフト問題、そしてスクウェアとの合併など、産業史の重要な転換点に経営者としてどう関与したのか、その証言を記録する。

中テーマと主な焦点:

1.PCゲーム黎明期(1980年代前半):異業種からの参入と独自の制作スタイル 

  ・ ビジネスソフト事業からPCゲーム市場への参入経緯と、「ゲームコンテスト」による外部クリエイター発掘という独自のプロデュース手法

2.家庭用ゲーム市場の成立(1980年代後半):ファミコンへの挑戦とサードパーティの確立 

  ・ ファミコン市場への参入決断と、『ドラゴンクエスト』を国民的ヒット作へと導いた外部スタジオとの連携、そしてプラットフォーム戦略

3.産業の成熟と転換期(2000年代前半):業界の発展への貢献 

  ・ スクウェアとの戦略的合併の決断理由と、CESA初期メンバーとしての中古ゲームソフト問題への関与、そして経営一線を退いた後の社会貢献活動

【期待される成果】

これまで断片的に語られることの多かったアーケードゲーム産業の歴史を、業界を牽引してきた当事者の視点から再構成する。特に、社会的な偏見や風適法という規制の中で、ゲームセンターがいかにして「アミューズメント施設」へと変貌を遂げたのか、その闘いの実態を明らかにする。これにより、日本のゲーム文化史におけるアーケードの重要性を再評価するとともに、今後の業界が目指すべき方向性への示唆を得ることを目的とする。

【参考資料】

「エニックス 知育がん具市場に進出」. 『日経産業新聞』, 1991年2月14日.

小野, 英夫. 「「ドラクエ」で旋風 アイデア生かす名伯楽」. 『日経産業新聞』, 1991年3月2日.

「関連グッズもヒット狙う」. 誰もやらないことに挑め(仕事人秘録). 『日経産業新聞』, 2008年10月1日.

「経常増益率ランキング 店頭企業 や金融上位に」. 『日経産業新聞』, 1996年6月14日.

「ゲームに進出、逸材得る」. 誰もやらないことに挑め(仕事人秘録). 『日経産業新聞』, 2008年9月11日.

「建築の道より起業に目」. 誰もやらないことに挑め(仕事人秘録). 『日経産業新聞』, 2008年9月17日.

「コンテストで人材発掘」. 誰もやらないことに挑め(仕事人秘録). 『日経産業新聞』, 2008年9月25日.

「スクウェアとの合併決断」. 誰もやらないことに挑め(仕事人秘録). 『日経産業新聞』, 2008年10月3日.

鈴鹿, 武. 「成長企業 ライバル研究」. 『日本経済新聞』, 1991年8月17日, 朝刊.

「商売の種探しに海外放浪」. 誰もやらないことに挑め(仕事人秘録). 『日経産業新聞』, 2008年9月18日.

「ドラクエ誕生、大ブームに」. 誰もやらないことに挑め(仕事人秘録). 『日経産業新聞』, 2008年9月30日.

「パソコンの将来性に着目」. 誰もやらないことに挑め(仕事人秘録). 『日経産業新聞』, 2008年9月24日.

福嶋, 康博. 「エニックス 安すぎ、もっと評価を」. 株価を語る. 『日経金融新聞』, 1996年9月19日.

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