鬼ノ城

鬼ノ城は吉備高原の南端標高約394mの鬼城山に築かれた約30haにも及ぶ巨大な朝鮮式城郭構造をもつ山城である。「日本書紀」などに記載がなく謎の城だが、663年に百済救援に向かった倭国が白村江の戦いで唐・新羅の連合軍に惨敗し、本土に攻め込まれる危機に瀕したため、天智政権が九州や四国に対外防衛上築いた城のうちの一つという説が有力である。2.8kmに及ぶ城壁(基本的には土塁だが一部が石垣)が山を縁取るように取り巻き、東西南北の4ヶ所には城門を構え、谷部分には6ヶ所の水捌け用の水門が確認されている。西門周辺には、角楼(城壁が凸字形に突出したもの)・高石垣がある。

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