掛川城
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守護大名今川氏が重臣の朝比奈泰煕に命じて、逆川北沿岸にある天王山に拠点を築かせた。これが掛川古城と呼ばれる城で、1512年頃に西南尾根続きに掛川城が築かれた。今川義元が織田信長に討たれ、朝比奈氏は徳川勢に包囲され半年以上もちこたえたが開城。その後、徳川家康は掛川城を武田氏との抗争の拠点としたが、武田氏が滅び、徳川氏も関東に移されると、1590年(天正18)豊臣家臣の山内一豊が入り、城の大幅な拡張を行い、三重天守や四方に曲輪群を巡らし、城下町を惣構で囲った近世城郭へと変貌させた。現存する二の丸御殿は安政大地震(1854)後に再建されたもので、極めて貴重な建築物であり、また倒壊した天守は取壊されていたが、一豊の転封した高知城と同様な姿とされる高知城天守を参考に1994年(平成6)木造で再建された。
