新発田城

鎌倉時代に新発田氏が築城したのが始まりとされる。天正9年(1581年)に新発田重家が上杉景勝に対して反乱を起こしたが、天正15年(1587年)に鎮圧された。上杉氏の会津転封後は慶長2年(1597年)に溝口秀勝が入城し、城を大改修した。江戸時代には火災によって何度か焼失したが、その都度再建された。

天守はなかったが、本丸には三階櫓があり実質的な天守の役割を果たした。この櫓には3匹の鯱が配されており、全国でも珍しいものとなっている。本丸表門と旧二の丸隅櫓が現存しており国の重要文化財となっている。現存の建物を有する新潟県内で唯一の城である。また、三階櫓と本丸辰巳櫓が復元されている。積雪の多い地方であることから櫓の外壁には海鼠壁(なまこかべ)と呼ばれるつくりであり、雪以外にも台風や潮風、耐火性に強い特徴がある。

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