源氏物語 げんじものがたり
写本、大本、49冊、江戸時代

本書は、江戸時代の書写になる源氏物語の写本である。「須磨」「行幸」「宿木」「東屋」「浮舟」の五冊を欠く全四十九冊を有し、各縦26.5cm×横19.2cm。

源氏物語は、主人公・光源氏の栄華と苦悩を中心に描かれた、平安時代に成立した物語作品である。後代に極めて大きな影響を与えており、続編の創作にはじまり、これをふまえた和歌や連歌、絵画作品、注釈書なども豊富に存在していることが確認できる。それだけに、源氏物語の研究も古来より盛んに行われている。近年では、その本文の様態が特に注目されており、長らく支持されてきた池田亀鑑氏による青表紙本系統、河内本系統、別本の三分類の見直しも、諸氏によって提唱されているところである。

本書の一丁オモテには、次のように見えることがもっとも注目される。

「昔ヨリ家々ノ本様々有 一本ニ河内守光行本是ヨリ聞ル也河内本ト云 又定家卿
青表紙ノ本ト云一ナカレ有是も惣シ 今は宗祇撰択本能トテモテアツカウ也」


すなわち、源氏物語には様々な諸本が伝存しており、例えば、「河内本」という一本や「青表紙ノ本」という一本があるのだが、今、本書の底本として、「宗祇撰択本」がよいというから採用した、というのである。宗祇手沢の伝本は伝わっておらず、注釈書類から断片的にうかがわざるをえないが、青表紙本系統の一本であろうことしか分からない。この宗祇が用いた伝本の実体を知る上でも、本書は注目されてよい。実際、各巻を調査してみると、青表紙本系統を中心としつつも、河内本系統や別本のものも混在しているといえる。それにとどまらず、『源氏物語大成』や『源氏物語別本集成』などによって異同を確認すると、本書の独自異文も散見される。また、何よりも、「河内本」でも「青表紙ノ本」でもなく、「宗祇撰択本」を選びとったと記載することには、近世期の本文系統、あるいは、「宗祇撰択本」なる一本に対する意識を垣間見ることもできようか。

ところで、本文の問題とは別に、本書には、本文行間に多数の書き入れ注記が存在している。その内実は定かではないが、諸注釈書の中でも、『萬水一露』に近似しているといえ、さらに、『萬水一露』が引く「宗碩注」に近いといえそうである。宗碩は宗祇の弟子であるから、前掲した底本の問題とともに、注意しておくべきであろう。

なお、本書の伝来は不明であり、その印記などから、西園寺家に古くから所蔵されていた一本であるとは考えにくく、あるいは、本学による補充購入の類いであるとも考えられることを付け加えておく。