Z0688-1-024

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総合

和漢百物語 「箱根霊験躄仇討」

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【翻刻】

山閑人交來

初花が貞操死して 夫の病苦を祈 筆助が忠膽身をこにして 敵上野が多勢を馳なやます  此両人が助力を得て 勝五郎首尾よく 敵滝口上野が首を討て 美名を末代にかゞやかす くはしくは箱根権現の縁記を見て 知りたまへ

絵師:芳年

落款印章:芳年画

改印:丑九改(1865年)


版元:ツキヂ 大金(大国屋金次郎)


【題材】 「箱根霊験躄仇討」  

  作:司馬芝叟

〈内容〉


 豊臣秀吉が伏見に桃山城築城奉行の柾桐辰下(まさぎりたつもと)配下の佐藤剛助は、同僚飯沼三平と殺し、飛竜丸という宝剣を奪って北条氏政に身を寄せ。滝口上野(たきぐちこうずけ)と名前を変え、三平の弟・勝五郎は兄の敵を討つため、千三助(みちすけ)と名前を変えて、北条家の家臣・九十九新左衛門の下僕となって奉公しているうちに、新左衛門の娘・初花と相思の中になり夫婦となった。しかし、その初花は滝口上野に横恋慕され、上野の迫害で新左衛門は切腹、勝五郎と初花は奥州を流浪することとなる。奥州を流浪するうち、勝五郎は、疾風のためいざりとなってしまい、非人に身を落とした勝五郎は奥州白石の庄屋徳右衛門の情で、いざりの車を餞別としてもらう。ちょうどそこへ、三平の下僕であった筆助が来合わせ、勝五郎と初花は、筆助とともに箱根へと旅立つ。北条家の非人施行があると聞き、敵の手がかりを掴もうと阿弥陀寺へ立ち寄った夫婦の前に上野が現われる。施行は二人をおびき出し返り討ちにするための策略であった。 上野は、捕らえておいた初花の母・早蕨(さわらび)人質に初花を自分の意に従わせようとする。母と夫の命を助けるために心を決め、上野に従うふりをして命を捨てた初花は、幽霊となって箱根権現のへ祈願の百日の行を遂げ了せようと、初花は塔の沢の白滝に打たれ水垢離をとる。不思議にも勝五郎の足腰が立ち、初花の姿は滝壺に消える。そこへ筆助が、上野に討たれた初花の首を引き下げて駆けつける。業病本復も女房の一念、また箱根権現の霊験と感謝しつつ、上野を討つために出立する。そして、権現の社前で敵討が成就する。力を持たない勝五郎の仇討ちを成就させるのは、初花が幽霊になってもなお、滝に打たれて夫の仇討ちを成就させようとする思いと、霊験を除いてほかならないのである。



【下部筆助】

 飯沼家の忠僕。佐藤剛助(のちに滝口上野)に騙し討ちされた飯沼三平が死に際に、敵の名を伝えることを託される。

 躄となった勝五郎に再会し、共に敵討ちの旅に出る。箱根山中阿弥陀時の施行で非人の月の輪の熊となって、敵である滝口上野の動向を探る、「三人上戸(さんにんじょうご)」の笑い上戸。 勝五郎・初花と示し合わせ、大磯の宿へ飛ぶ。

 白滝の場面では、勝五郎の躄が回復したことを喜ぶと共に、勝五郎の言葉に従い、上野を討とうとした初花が、返り討ちにあって殺害されたと話してその切首を見せる。 奴の典型。

・歌舞伎において

扮装は、納め手拭いの着付け。諸肌(もろはだ)を脱ぐと掴み絞りの丸襦袢になる。鬘は「突っ込み」

三代目・中村歌右衛門、七代目・片岡仁左衛門らの名優によって演じられ、洗練された。また、初代市川左團次は、滝口上野と二役早替りで勤めた。善悪二つの役を替わるのは、歌舞伎演出の一つの特徴となる。


【初花】

 北条氏政の家臣九十九新左衛門(つくもしんざえもん)・早蕨(さわらび)の娘。兄の仇である滝口上野を狙う飯沼勝五郎と夫婦になり、敵討ちの旅に出る。旅の途中、風疾を患った勝五郎は躄となった夫を躄車に乗せ、献身的に尽くす。箱根の北条家菩提寺阿弥陀寺の北条時政の五百回忌施行の場で仇滝口上野に出会うが、初花に横恋慕する滝口上野は、意に従わないと勝五郎と虜にしてた早蕨と殺すと脅迫される。やむを得ず従うが、最後は、惨殺される。しかし、幽霊になってもなお、滝に打たれ勝五郎の歩行回復を箱根権現に祈り、心願成就を見届け消える。

・歌舞伎において

鬘は勝山 衣装は、黒色の着付けに薄い御納戸色(おなんどいろ)の肩入れがほぼ決まりのようだ。

初花が、勝五郎を乗せた車を引き花道を出てくるが、これは「小栗判官・照手姫」のスタイルを踏襲している。 花道での最初の台詞「ここらあたりは山家ゆえ、紅葉のあるのに雪が降る」が有名である。

「賢女烈婦伝/初花:国芳」
「新形三十六怪撰/節婦の霊滝に掛る図:芳年」
「東海道五十三次の内 箱根 初花」
「東海道五十三次の内 箱根駅其二 下部筆助」
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【霊験】

神仏の通力に現われる霊妙な験(しるし)。神仏の不可思議な感応。祈願に対して現れる効験。利益、利生。『日本国語大辞典13』1972(-引用)

因果応報の思想を根底に有する。すなわち、善(仏教的に…)なる行為に対して善なる結果が、悪(仏教的に…)なる行為に対して悪なる結果が将来される。(-引用)「霊験記論」 出雲路修 『説話文学研究会 第二十四号』 説話文学会 1989  


【「壷坂霊験記」】

人形浄瑠璃。世話物。一段。明治八年

女房、お里の貞節と信心とに感じた壷坂観音の霊験によって夫、座頭沢市の目が開くという物語。



【箱根権現縁起】

箱根神社の縁起を記した絵巻。継母の常在に対する継子いじめから始まる。常在をなきものにしようとする継母から逃れ、日本に渡航した常在らは、大磯(神奈川県)高麗寺を経て箱根山に入り、父中将入道と妹霊鷲(れいじゅ)、姉妹を助けて同行した波羅奈国の次郎王子は三所権現となった。さらに姉常在と太郎王子は、伊豆山に赴き、二所権現となったという物語である。そこに登場する主人公たちは、中将入道(法体)、霊鷲御前(女体)、次郎王子(俗体)、と『箱根権現縁起序』の三神三容の信仰を踏まえて描かれている。『神道史大辞典』2004(-引用)


【箱根権現・神社】

祭神・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)、彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)、木花咲耶姫命(このはなのさくやひめのみこと)

奈良時代・天平宝字元年(757)、万巻上人(まんがんじょうにん)が神託により三神を箱根山より現社地に奉斎し一社を創建したことに始まる。奈良・平安時代、仏教と習合し、その本地垂迹(ほんちすいじゃく)思想の影響のもと、箱根山固有の権現信仰成立した。とりわけ天台系の密教的信仰の影響は、大きく、箱根山を中心に多くの修験者が山へ入り、関東における修験者の一大霊場として発展をみるにいたる。

箱根権現の活動が歴史上顕著となるのは、平安時代末期から鎌倉時代にかけてのことである。 治承4(1180)年8月、石橋山の合戦直後、箱根権現別当・行実は頼朝主従を援助、のち伊豆山権現と共に二所権現と呼ばれ、鎌倉初代頼朝から6代・宗尊親王まで将軍家恒例行事として続けられた。以来関東武将の崇敬篤く、北条早雲・氏綱、徳川家康などの寄進がみえる。


〈箱根霊験躄仇討(初花)を題材とした作品〉

・「賢女烈婦伝/初花」:国芳

・「新形三十六怪撰/節婦の霊滝に掛る図」:芳年

「役者見立東海道五十三駅」

 東海道は、江戸・日本橋と京都・三条を結ぶ江戸時代の大動脈であった。その間、品川から大津までに53の宿場があったことかた東海道五十三次とも東海道五十三駅とも称した。この作品は、三代豊国男が、それら53宿に日本橋と京を加えた55箇所の土地柄にちなむ歌舞伎の場面を取り上げて、見立て絵としたものである。

・「東海道五十三次の内 箱根 初花」:三代豊国

 配役:岩井 半四郎

・「東海道五十三次の内 箱根駅其二 下部筆助」:三代豊国

  配役:中村歌右衛門


「初はな、坂東玉三郎」天保4年 絵師:国貞

「(箱根の仇討)「初花」「飯沼勝五郎」 」弘化04~嘉永05年   絵師: 国芳 落款印章: 一勇斎国芳画(芳桐印)  

どの作品も、初花が手を合わせて滝に打たれて祈りを込めているというのが分かる。しかし、「賢女烈婦伝・初花」、「東海道五十三次の内 箱根 初花」の、初花は、はっきりと描かれているのに対して、「和漢百物語」の初花は、はっきりと描かれておらず、霊であるというのがすぐに分かる。




【まとめ】

・「箱根霊験躄仇討」の主人公は、勝五郎であるのに、初花が主に描かれてる。これは、躄の勝五郎を献身的に支え、亡霊になってもなお、勝五郎のために滝に打たれて祈願する初花の姿が印象的だったからではないだろうか。


・芳年の作品である「和漢百物語」や「新形三十六怪撰/節婦の霊滝に掛る図」は、初花が亡霊のように描かれているが、「賢女烈婦伝」や、「役者見立」の中の初花は、生身ではっきりと描かれている。

・「和漢百物語」の中では、下部筆助が初花の亡霊に出会うような構図で描かれているが、歌舞伎の中では、初花の亡霊に出会うのは、勝五郎と、母の早蕨である。

・英文の先行研究の中では、筆助が、夫に忠実な初花に尊敬の意識を持っていたからだ、と書かれていた。

・しかし、東海道五十三次の各宿場町風景に関連のある役者を配したシリーズとして『役者見立東海道五十三駅』と呼ばれる作品がある。その中で初花と下部筆助が描かれている。 このように当時の人々にとっても下部筆助と初花を結びつけることはそう困難なことではなく、割合イメージしやすい題材として、本作品でも下部筆助と初花が作品の中に描かれているのではないだろうか。

調べなおして見つかった作品が、「初はな、坂東玉三郎」(1833)である。この作品の初花のポーズがこの作品の後に続く作品の見本となったのではないかと考える。 また下の作品(いつ書かれたのかわからなかったです。)の中の初花も「初はな、坂東玉三郎」と同じポーズで滝に打たれている。 このことから初花が「和漢百物語」、「新形三十六怪撰/節婦の霊滝に掛る図」、「賢女烈婦伝」、「役者見立」「(箱根の仇討)「初花」「飯沼勝五郎」 」 も同じポーズで描かれていると考えます。




〈参考文献・サイト〉

『日本伝奇伝説大事典』  角川書店 昭和六一

『日本説話伝説大事典』 志村有弘他 勉誠出版 平成一二

『歌舞伎・浄瑠璃外題事典』 野島寿三郎 日外アソシエーツ株式会社 一九九一年

『伝奇作書』 市島謙吉 東京活版株式会社 明治三十九年

『歌謡音曲集』 日本名著全集 昭和四年

『日本古典文学大事典 第五巻』 岩波書店 昭和五十八年

『名作歌舞伎全集』 山本二郎他 東京創元社 昭和四十六年

『歌舞伎名作事典』 小宮暁子 演劇出版 平成八年

『日本人名大事典(新撰大人名事典)第三巻』 下中邦彦 平凡社 一九三七年

『歌舞伎登場人物事典』 河竹登志夫 白水社 二〇〇六年

『“見立て”の世界ー見立て絵と見立て番付』 大阪城天守閣 平成一六年

『吉例顔見世興行 東西合同歌舞伎』 南座宣伝部 南座 二〇〇四年

『日本「神社」総覧』 上山春平他 新人物往来社 一九九二年

『神社辞典』 白井永治他 東京堂出版社 昭和五四年