芸鑑

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役者論語」に所収。富永平兵衛が書留めたものという。野郎歌舞伎時代の狂言の内容を知る事ができる。

「傾城事の狂言」

傾城事の狂言 今とは格別の風儀の違ひなり。まづその場に口上出て�ただいま傾城買ひのはじまり とふれてしまへば 松村八郎右衛門といふ役者 買人にて このいで立ち 白加賀の衣裳に銀箔にて 鹿の角を蜂のさしたるところを 惣身の模様なり。一尺七寸の脇差しを 向うへ落ちるばかりに抜き差し 左は張り肘 右の手に扇の要をつまみ はしがゝりより ゆらり/\と出 正面立ちながら せりふに曰く 八幡 これが買人でやす と 扇にて脇差しの柄をたゝけば 見物一同に そりや買人の名人が出たは/\ と声々に誉むること しばらく鳴りもしづまらず。時に臆病口より揚屋の亭主 古き浅黄袴の腰をねぢらせ 手ぬぐひを腰にさし 貝杓子を持て出 エヽ旦那お出か といふ声のうち 諸見物 そりや亭主が出たは。あの顔を見よ おかしや と笑ふ声 次のせりふもいひ出さぬほどなり。漸笑ひしづまれば 八郎兵衛 なんと まだ太夫は見へぬか イヤもふあれへ もふ追付けこれへお出 とはしがゝりを打ちながめ アレ/\ ただ今これへ見へます と云へば ヤレ傾城が出てくるは と見物みな腰をたて直し 物をもいはず揚幕をながめゐる時に 傾城の姿 おかしき衣裳 金入りなり。その時分 女形のかづらかくるは たま/\にて 多くは花紙を兵庫わげにつゝみ ただ壱人出て 大尽さま お出かへ と云ふを さてもと悦び 大尽とたがひに手をとれば また笑ひ 座敷のあいさつ 一つ/\こなしを どよみを作りて誉めたり。さて亭主 盃をめぐらし 酒の肴に太夫さま 一曲の舞 所望/\ とせりふのうち やがて囃し形出ならべば 女形舞の所作あり。これは狂言一番の仕組なり。