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恋合 端唄尽 小万 源五兵衛

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絵師: 三代目豊国

落款印章: 任好 豊国画(年玉枠)

改印: 申五改

出版年月日:不明

出版地: 江戸

画題: 「恋合 端唄尽」 「小万 源五兵衛」「小万 三五兵衛」

上演年月日: 万延元年(1860)五月

上演場所: 江戸

配役:小万 三代目 沢村田之助    源五兵衛 初代 中村福助    三五兵衛 三代目 市川市蔵



【翻刻】

「小万 源五兵衛」

本てうし元うた

うそとまことの二瀬川 だまされぬきでだまされて すへは野となれ山となれ わしが思は君ゆへ 三ッ又川の船のうち 心のうちをおんさつし

本てうし元歌

だまされしむろの桜やうきよは うそかまことこもりし床のうち うかれからす ねぐらはなれてとんで出る なれもつとめじやないかいな 


*ニ瀬川・・・ふたまたをかけること 

*野となれ山となれ・・・どうなってもかまわない

*うかれからす・・・月夜に浮かれて、ねぐらに落ち着かずに鳴き騒ぐカラス。夜分浮かれ歩く人。


「小万 三五兵衛」

本てうし元うた

はぎきゝやう なかに玉づさしのばせて 月に野末のつゆ君をまつむし 夜毎にすだくふけゆく鐘に鴈の声 恋はこふしたものかいな

同かけうた

神かけてちぎる二人りが 恋中を端でじやまして水さして 月にむらくもあらしのさくらしんじつ そうしたわけしやない それにはやうすがあるわいな


*玉づさ・・・手紙。真ん中をねじり結んだ恋文

*まつむし・・・鈴虫の古称

*すだく・・・呼吸がくるしくなる

*むらくも・・・群れや塊となって生じる雲


【題材】

『五大力恋縅』

概要 初代並木五瓶作。寛政6年(1794)2月大阪で中山座によって上演された「島廻戯聞書」の後半を独立させたもので、元文二年(1737)七月、大阪北の曽根崎で起きた「五人切り」の事件という実話を脚色したものである。上方と江戸の二つの脚本をもつ。江戸での初演は寛政7年(1795)正月「江戸砂子慶曽我」でこの時に二代目名題として「五大力恋縅」を掲げる。島の内、曽根崎新地の地名を深川に移し、芸子菊野を芸者小万にかえた。 五大力とは、江戸時代に女性が恋文の封じ目に記した文字で、五大力菩薩の加護によって確かに相手に届くようにというまじないである。

『歌舞伎ハンドブック』三章堂 2006年11月


【あらすじ】

九州千鳥家の家臣薩摩源五兵衛と笹野三五兵衛は、若殿の供をして江戸へ出府。紛失してお家の重宝龍虎の呼子詮議のため、洲崎の廓へ足を踏み入れる。芸者小万は色好みの三五兵衛から逃れるため、源五兵衛に仮の情夫になってくれと頼む。迷惑とは思いながら小万の心根をあわれんで承知したことから、二人の思わぬ恋が成就し、若殿の不興を蒙った源五兵衛は浪々の身の上となる。 尋ねる呼子を三五兵衛が隠し持つと察した源五兵衛の、意に従うふりをして探って欲しいとの頼みに、小万は芸者の魂である三味線の裏皮に五大力と書き、女の意気地を示し引受ける。薩摩の若党をたぶらかし三五兵衛は一芝居打って、小万に退き状を書かせ源五兵衛へ愛想づかしをさせる。その上、誓言の五大力が三五大切と書き替えられてあった。一徹な源五兵衛はそれを真に受け、小万を殺してしまう。書置きで小万の本心と呼子の所在を知った源五兵衛は、廓帰りの三五兵衛を討ち果し無事呼子を取り戻す。

『歌舞伎名作事典』演劇出版社 1996年8月


【小万 源五兵衛 三五兵衛】

  小万と源五兵衛の情話は『松の落葉』にもおさめられている。また、小万、源五兵衛、三五兵衛の情話も井原西鶴の『好色五人女』に描かれ、近松門左衛門の『薩摩歌』となった。

『歌舞伎作者の研究』河竹繁俊 東京堂 1940年6月


【モデルとなった実説】

元文2(1737)年7月2日の夜、大阪北の曽根崎新地三丁目の呼屋で薩摩藩主早田八右衛門が桜風呂の遊女菊野をはじめ5人男女を斬り殺した。「五人斬り」の事件や「曽根崎五人斬り」の事件などとよばれ る。大阪に赴任になった早田八右衛門は、曽根崎新地の呼屋で菊野と逢うようになる。しかし、その後菊野に堂島新地に住む米の仲買人銭屋善兵衛という新しい客ができ、逢うようになった。八右衛門は銭屋善兵衛との仲をさくために大和屋方で菊野を揚げて遊ぶようになった。そして、毎晩のように菊野のもとに通い、本国薩摩に連れて帰ろうとしたが果せず、凶行に及んだものだと思われる。そして、菊野をはじめ5人の男女を斬り殺した。


『歌舞伎オンステージ』白水社 1987年4月


【登場人物】

小万・・・モデルは、大阪北の曽根崎新地で薩摩藩主に斬り殺された桜風呂の遊女菊野。深川の羽織芸者と呼ばれる女芸者の芸は売っても体は売らないという心意気に重ね合わせて造形された役。

源五兵衛・・・モデルは、「五人斬り」の事件の薩摩藩主早田八右衛門。薩摩源五兵衛という名前は、薩摩の国の色男のこと。

三五兵衛・・・「五人斬り」の事件での銭屋善兵衛に当たる役。事件の際にニ階にいて難を逃れた姿を重ね合わせたもの。重宝を密かに盗み出す敵役でもある。


『歌舞伎登場人物事典』白水社 2006年5月

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【配役】

小万・・・三代目 沢村田之助 弘化2年2月8日(1845)~明治11年7月7日(1878) 享年34歳 5代目沢村宗十郎の次男。兄に4代目高屋高助がいる。初め沢村由次郎と名乗り、嘉永2年(1849)7月江戸中村座「忠臣蔵」8段目道行「千種花旅路嫁入」に子役として遠見の小浪役で初舞台を踏む。安政6年(1859)年正月中村座「魁道中双六曽我」で三代目沢村田之助を襲名。明治11年春狂死した。類まれな美貌と豊かな天分で、江戸末期の劇界の人気を独占、わずか16歳で立女方の地位を得るという華々しい活躍をする。世話物に適し、口跡・台詞・口上に音声が良く、立役も兼ねたが、女方を本領とし将来を期待される役者だった。


源五兵衛・・・初代 中村福助 文政13年3月3日(1830)~明治32年1月16日(1899) 享年70歳 二代目中村富十郎の門人中村富四郎(のちの頭取)の次男として生まれる。弟に政治朗(のち2代目福助)がいる。初め中村玉太郎と名乗り師について修行。のち中村駒三郎と改める。天保9(1838)年4代目中村歌右衛門の養子となって江戸に下り、翌10年3月中村座「花翫歴色所八景」に中村福助と改める。万延元(1860)年7月4代目中村芝翫を襲名。時代物と世話物に適し、背は低かったが風姿・口跡がよく、立役・実悪・女方を兼ね、東西の舞台に勤めた。


三五兵衛・・・三代目 市川市蔵 天保4年(1833)~元治2年3月2日(1865) 享年33歳 2代目尾上多見蔵の次男。兄に尾上松鶴がいる。初め尾上市蔵を名乗るが、母が初代市川蝦十郎の娘であったことから絶えていた名跡の市川市蔵を襲名し3代目を名乗る。天保8年(1837)に秋大坂座摩の宮芝居に兄と共に初舞台を踏む。慶応元年(1865)に病気となり、死去。大兵で男振りがよく、立役・敵役・女方を兼ねたが、8代目市川団十郎の俤があり実事を最も得意とした。


 『歌舞伎人名事典』日外アソシエーツ 1988年9月  『江戸の役者たち』津田類 ぺりかん社 1987年11月


【評価】

万延元年(1860)5月「五大力恋縅」は源五兵衛と三五兵衛は初代中村福助と三代目市川市蔵によって一日替わりで演じられた。三五兵衛は福助、源五兵衛は市蔵の役どころの方が評判がよかった。


『続・続歌舞伎年代記 乾』岩田宏 鳳出版 昭和51年11月


【まとめ】

「小万 三五兵衛」の端唄には「神かけてちぎる二人りが 恋中を端でじやまして水さして」とあり、「神かけてちぎる二人」は、小万と源五兵衛のことを指す。また、「恋中を端でじやまして水さして」とは小万と源五兵衛の仲を邪魔する三五兵衛のことであると考えることができる。 


「小万・源五兵衛」の絵は三味線と筆を持っているということから考えると、二幕の大和町貸座敷の場、小万が三味線の裏皮に「五大力」と書いて誓いをたてる場面であると推測する。また「小万・三五兵衛」の絵は、三幕の仲町花屋の場、小万が三五兵衛の秘密をさぐろうとしている場面と推測する。小万はしつこい三五兵衛の気を逸らさせるために、源五兵衛の名前を使い恋仲であるとうそをつく。そこから、小万は自分を守るために嘘をつき通してくれた源五兵衛に惚れ、源五兵衛も小万の想いを受け止める。重宝龍虎の呼子を三五兵衛が隠し持っていると考えた源五兵衛は、小万に三五兵衛に近づき秘密をさぐってほしいと頼む。小万はその頼みを受ける。三五兵衛に近づいても源五兵衛だけを想っているという気持ちを芸者の魂である三味線に「五大力」と書き、誓いを立てるのである。そして、小万が三五兵衛の秘密をさぐるために、源五兵衛には許嫁がいるから縁を切ろうと考えていると話す。三五兵衛はその話が真実であるかを確かめるために、小万に退き状を書かせ確かな証拠を残そうとする。

小万と源五兵衛の真実の想いを確かめる、三味線に「五大力」を書く場面は最も重要な場面である。 小万の縁を切るという想いが真実であるかを疑っている三五兵衛の考えで書かせた退き状によって、「五大力」が「三五大切」に書き替えれたとき、裏切られた気持ちがより強まり、源五兵衛が愛する女性を斬り殺すまでの怒りになってしまうのである。

また、男嫌い・女嫌いである小万と源五兵衛は、恋に落ちるまでの過程が男嫌い・女嫌いでない者たちよりも濃く、信頼度も高くなっているのではないだろうか。そのことでも、観客により源五兵衛の裏切られた怒りを共感させる。


参考文献

・『歌舞伎登場人物事典』白水社 2006年5月

・『歌舞伎人名事典』日外アソシエーツ 1988年9月

・『歌舞伎ハンドブック』三章堂 2006年11月

・『歌舞伎オンステージ13』白水社 1987年4月

・『歌舞伎名作事典』演劇出版社 1996年

・『歌舞伎年表第七巻』岩波書店 1962年3月

・『名作歌舞伎全集第八巻 並木五瓶集』東京創元社 1970年3月

・『字典かな――出典明記――改訂版』笠間書院 2009年6月

・『続・続歌舞伎年代記 乾』岩田宏 鳳出版 昭和51年11月

・早稲田大学演劇博物館 浮世絵閲覧システム http://www.enpaku.waseda.ac.jp