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今様擬源氏 二十一

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絵師: 芳幾


翻刻


乙女

をとめ子か神さひぬらし天津袖ふるきよのともよはひ経ぬれは

(かつてのうら若い舞姫も今は年をとって神さびれてしまわれたのであろうな。天つ袖を振って舞った頃の古い昔の友である私も、だいぶ年を重ねてしまったのだから。) 


浦島ハ雄略天皇の御宇丹後の国水江里人にてしばらく竜宮城にいたり古郷へ帰りけるとき乙姫より贈りし手箱を開き見るに白気立のぼりて忽老の姿と成ぬとかや

(浦島は雄略天皇の時代の丹後の国水江里の人、しばらくの間竜宮城にいて故郷に帰るときに乙姫から送られた手箱を開いてみると、白い煙が立ち上り、老人の姿になってしまった。)


題材   浦島太郎


あらすじ 昔丹後の国に浦島の太郎というもがおり、一日中魚を釣って暮らしていた。ある日「ゑしまが磯」というところで大きな亀を釣ったがその亀を逃がした。 次の日に浦島が釣りをしようと思い出かけると、女性が乗った小船が見えた。その小船を引き寄せて女性にわけを聞くと、都から船に乗っていると大嵐にあい自分のせいにされて小船で流されてしまったと言い、故郷に連れて行っていと浦島に頼むと浦島は同じ船に乗り船を漕ぎ出していった。 あるところで女性が海の上で降りたかと思うとこがねの浜につきそこにあった御殿の中に呼ばれそこで浦島は、女性が昨日釣り上げた亀であったことを聞かされ恩を返すために夫婦になりたいと語り、浦島はいぶかしいながらもこの申し出を受けいれほんのひと時のつもりが三年間もたってしまった。 三年後浦島は父母に別れを告げるために三十日の間だけ家に帰らせてくれるように頼むと女性は涙を流し別れを悲しみ、一つの手箱を決して開けないようにといって渡し浦島を送り出した。 浦島が故郷に帰り墓所のあたりで老人に話を聞くと現在は浦島がいた時から七百年もたっていると聞き、涙を流して悲しみ渡され手箱の中に何かあると思いとある松の下であけてみると煙が三筋立ち上がり、百歳の老人となった。その後に浦島は鶴に生まれ変わり亀と遊んで暮らした。(新編日本古典文学全集『室町物語草子集』参考)



現在の浦島太郎との違い


亀との出会い方

初期は亀を浦島自身が釣り上げていたが、現在においては亀は子供たちにいじめられているところを浦島に助けられる。

竜宮城への行き方

初期は女性が乗ってきた小船で女性の出身地まで送っていくという形 で海に出るが、現在では亀が浦島のところに来て、竜宮城に連れて行って恩返しがしたいといって浦島を連れて行く。

竜宮城における生活

初期はつれてこられた女性と一緒にすごし結婚までし、竜宮城にある東西南北それぞれに四季が違う場所などを見てすごす。また竜宮城と明記されてはおらず、蓬莱などと表記されている場合がある。現代においては乙姫の歓待を受け鯛や平目の舞を見てすごすが、四季の場所の記述は無い。

ラストの展開

初期は両親にきちんと挨拶をするために一度帰りたいと浦島が望み、ここではじめて一緒に暮らしていた女性が、亀の変化したものだと知らされる。また渡された玉手箱を開けると老人にはなるが、その後鶴となり亀と暮らしたとある。


また浦島太郎の物語は似たような説話が各地にありそれぞれが少しずつ違うものではあるが、1亀を釣り上げること、2亀女との婚姻、3竜宮城への残留、4歳月の変化の浦島とのずれ、5禁忌を犯すことによって老人化という5つの点が共通している事項である。




演劇における浦島太郎


浦島太郎において演劇的脚色がなされたのは謡曲「浦島太郎」が始めてであり、古浄瑠璃「浦島太郎七世禄」これを改作した近松門左衛門作「浦島年代記」さらにその改作となる「浦島太郎倭物語」がある。 歌舞伎においてはほとんどが舞踊劇中に転出されているものであり、いずれも変化舞踊の一こまに使われている。明治以降においても舞踊劇としていくつかの新作が出来ている(演劇百科事典参考)



和歌


翻刻の和歌は源氏物語乙女巻において、源氏が筑紫に対して送ったものであり、うら若き舞姫であったあなたもきっと年をとってしまったのだろう、天津袖を振って舞っていた頃の友である私も年を重ねたのだから、といった内容であり、源氏物語においてはこの後に筑紫の返歌があり、それによって源氏が自分自身の若さを失ったことに気づいたことが強調されている。 この若さを失ったことに気づいた源氏というものが、玉手箱を開け年老いた浦島との心情と合致するのではないだろうか。


教科書から見る浦島伝説の変化


浦島太郎の物語が日本中に広がった理由として教科書があると考えられる。 明治三十七年から国定教科書の制度が始まるが当初は浦島太郎としては掲載されておらず、「浦島子」として詩が掲載されているものであり、その内容は現在の浦島太郎の物語とは若干違っているものであった。 明治四十三年になって浦島太郎として教科書に掲載され、ここにおいて現在のような物語の筋となり掲載されている。これ以降多少の変更はあるが大まかな話の流れは現在と変わってはいない。またこのときの指導要綱によると浦島太郎の物語によって慈愛や報恩の道徳的感情を養うことを目的とすると記されており、このため亀を助ける場面などがこのときから加わったものであると考えられる。



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考察


浦島太郎に関する浮世絵はいくつか存在するものだが、今回のような玉手箱を開けたところというシーンを選択したものは少ない。ほとんどは浦島が亀に乗っているシーンや、竜宮城にて歓待を受けるシーンやまたは浦島のみのものがほとんどである。今回のような玉手箱を開けたシーンは少なく、またそのシーンを選択してあったとしても、煙が当たったところから浦島が老人になっていくという描写はなく、これは和歌の項でも述べたが源氏が自身の老いを自覚したということを強調するという意識の元の演出であると考えられる。 また自分より弱いものを助けることや、助けられたからにはその恩を何らかの形で返さなくてはいけないと行ったことを教えるには物語の流れが良くまた禁忌を犯した場合の罰の要素も含んでいるために、道徳的要素を教えるには最適とされ教科書に掲載されるようになったと考えられ、より教えやすい形とするためにも、物語の変遷が進んだと考えられる。


参考文献

『室町物語草子集』新編日本古典文学全集 大島建彦 2002 小学館

『日本説話伝説大事典』 2000 勉誠出版

『演劇百科大事典』 早稲田大学坪内博士記念演劇博物館編、1960 平凡社、

『原色浮世絵大百科事典』第4巻 画題ー説話・伝説・戯曲 1981 原色浮世絵大百科事典編集委員会 

『浦島伝説の研究』 林晃平 2001 おうふう

『日本の民話 5 甲信越』 小沢俊夫 1979 ぎょうせい

『駒沢史学』「浦島子伝承の変容」 瀧音能之 2001 駒沢史学会

『国文学:解釈と鑑賞』「竜宮というなの異郷とそのイメージ お伽草子」『浦島太郎における異郷表現の変遷』」 林晃平 2006

舞鶴市糸井文庫錦絵検索システム http://www.dh-jac.net/db1/mai-itoi/mainishiki/search.htm 参照 2010年1月06日