龍の口法難

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たつのくちほうなん


画題

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解説

画題辞典

文永三年、日蓮上人の伊豆伊東の配流より赦されて鎌倉に帰るや、意氣益々軒昂、信仰愈々張烈、幕府の上下に法華経を勧め、諸宗を詆る、言行甚だ狂暴なり、遂に再び有司に捕へられ、文永八年九月十二日龍の口に座を設けて斯に処せられんとす、その時日蓮、平の左衛門に向ひ、日蓮は日本国の棟梁なり、今吾を失ふは日本国の柱を倒すなりと述ぶ、やがて刑手頸らんとし刀を揚ぐれば一天忽ち闇黒となり、雷電閃きて刀折る、その時東南の方より光り物満月の如く飛来す、諸卒皆震ひ倒る、已にして相模守時宗の之を幕府に宥め乞ふあり、死一等を減ずるの使者来り、佐渡に流さるゝに至る、之を龍の口法難と称し、日蓮一代の大難として数へられ、亦画題として写さるゝ所なり。

(『画題辞典』斎藤隆三)