黒に黒のプリント

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総合

正面摺

石井研堂の『錦絵の彫と摺』には、「錦絵の摺りは紙の背面から摺りて色彩を出すが、これは紙の表から施工するので上面といい、又、特に光沢があるのでつや摺りと名付けた…」とある。絵具を使わぬ空摺りの一種で、絵具の光沢を出すのに使われる。<きめ出し>や<布目摺>が紙の裏から摺るのに対し、この<正面摺>は紙の表から摺るため、通常の版木の彫りとは全く正反対の準備が必要となる。まず、校合摺は裏返しせずそのまま表を向けて版木に貼り、正面摺を施す部分の色版は絵柄より小さめに彫る。紙背から摺る本来の摺りの場合には、「鍵見当」は右手前に付くが、正面摺の版木では左手前に「鍵見当」が付く(逆見当)。摺る場合も左手で「鍵見当」に、右手で「引き付け見当」に用紙を合わせることになる。正面摺の色版に「もくろう」をつけ、竹皮の繊維を丁寧に目潰ししたバレンで、表側、つまり絵の表から擦るようにして艶の効果を出す。他の色にも使うが、墨色が最も光沢が出る。江戸時代には猪の牙や酒の猪口で磨いて艶を出したので「猪口摺り」という呼び方もあったらしい。動物の牙を使うと絵を痛める可能性があるので、現在はバレンを使用している。


空摺り

浮世絵版画は、本来手に持って目近くで見ていた摺物であるので、画面の中にさまざまな工夫がなされている。和紙の持つ柔らかな風合や、光線の角度を変えて<雲母摺>の効果を楽しんで鑑賞したりした。現在では視覚中心の鑑賞で気づきにくいが立体感を取り込んだ工夫もそのひとつである。<きめ出し><布目摺>も立体感を出す摺り方だが、版木に模様を彫り、その模様を浮かび上がらせる摺りを<空摺り>という。もとより絵の具は使用せず、用紙に湿気を与えて強靭な繊維で組織された和紙の特性を活用し、版木を使って、バレンの圧で立体感を出す。<空摺り>による和紙の凹みの変化が光線の当たり具合で強調され、織物の風合いや織り目等がより効果的にあらわれていることになる。経年変化をしたふるい版画ではわかりにくいが、仔細に見ると、この<空摺り>を使った作品は数多くある。現代版画の中で、雨の線を<空摺り>した後に、上から色を摺り重ねて軟らかく微妙な雨の線を表現したものがあるが、これは伝統的な技法に新たな発想を加味した効果的な版画表現といえる




【引用文献】

・『浮世絵大事典 国際浮世絵学会』 東京道出版 平成20年6月 安達以牟筆