骸骨について

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骸骨について

諸行無常を掲げる骸骨の集団は、大宅光国が「今の様子を見れば、戦死の人の魂魄其気散ぜずしてここにとどまり、修羅の体相をあらはすとおぼふ。あやしむにたらず。」と言っていることから、 おそらく将門討伐の戦いの際に亡くなった将門の家臣と、彼らと戦った討伐側の武士達であったと思われる。 また、その後の「幽魂を慰するは僧徒の管る所にして、武人のかかはる事にあらず。あなむだ足をせしことよ」という言葉からも分かるように、大宅光国は骸骨達を討伐の対象だとは考えていない。 むしろ僧侶によって成仏させられるべき者達だと捉えている。

骸骨の怪異

『歌ひ骸骨』

ある二人の商人が稼ぎに行き、一方は儲けたがもう一方は儲からなかった。儲からなかった方の男は、旅の途中でもう1人を殺し金を奪って家に帰った。三年後に再び前の旅路をたどると昔友人を殺したあたりの薮から良い歌声が聞こえてくる。不思議に思って見に行ってみると骸骨が歌っていたのであった。珍しい物を拾ったこれで金儲けが出来る と思い、男はその骸骨を拾って帰り、金持ちの家にそれを持って行く。そして骸骨が歌えば全財産を男が受け取り、歌わなかったら男は首を渡すという約束をする。ところが、骸骨は歌わず男は首を切られる。すると、それと同時に骸骨が良い声で仇を討てた事を喜び歌いだした。


『歌ひ骸骨』とよく似た話

グリム童話の『歌う骨』という話がこれとよく似ている。 『歌う骨』

昔、ある国に凶暴な猪がおり、作物を荒らしたり人を襲ったりしていた。それに困った王様は、猪を退治できた者を姫と結婚させるというおふれを出した。この国にはある兄弟が住んでいて、兄はずる賢く弟は人のいい性格だった。兄弟はこのおふれを聞いて猪退治を名乗り出て、弟の方が親切な小人の力を借りて猪を倒した。兄はこれを妬んで弟を橋の上に呼び出し突き落として殺してしまう。兄は死体を橋の下に埋めて弟は猪に殺されたとみんなに言い、自分が姫と結婚した。その数年後、ある羊飼いが橋の下で骨を見つけ、角笛の歌口を作ってこれを吹いた。すると歌口が勝手に歌いだし、兄に殺され橋の下に埋められた経緯を告げる。不思議に思った羊飼いはこの笛を王様に献上し、歌を聴いた王様によって橋の下が調べられ骨が見つかったことで兄の行いが露見し、兄は罰として処刑され弟の遺体は手厚く葬られた。

(『完訳グリム童話集Ⅰ』参照)

『鱶の骸骨を蹴つたら』

濱田の士、石井友之進は弓の名人で海上の大きな鱶を射殺した。大阪の宿で鱶の骨を見て腹立たしさに蹴ったら足に深く食いついて段々と毒がまわって死んだ。

(『日本昔話名彙』参考)

『歌ひ骸骨』と『鱶の骸骨を蹴つたら』を比べると、どちらの場合も骸骨でありながら生きているように動いたという点と、自らの仇討ちのために動いたという点が共通している。 そこで再び浮世絵の場面を見てみる。  ここに出てくる骸骨も生きているように動いていて、そして骸骨同士で戦っている。かつて戦いで命を落とした彼らにとっては、この合戦で自分の命を奪った相手側に勝つことが、上記の骸骨たちでいう仇討ちにあたる行為だと推測できる。しかし、例の場合と大きく異なる点は、戦う相手もまた骸骨であるため永遠に戦いを終わらせることができないというところである。死んでもなお変わることなく戦い続ける彼らが「諸行無常」(万物は常に変化するという意)の旗を掲げているというのはむしろ哀れな様子に感じられる。


『ぞろりんがったん』(あるいは『爺さん、おるかい』) 「まんが日本昔話」という番組で放送されていた民話。元は広島の民話らしい。 『ぞろりんがったん』

生前仲の良かった老夫婦が、死後に分かれるのが嫌でお互いに「死んだら床下に埋めていつも側にいよう」と約束する。やがて婆さんが死んで、爺さんは約束通り婆さんを棺桶に入れて床下に埋める。ある日旅人がこの爺さんの家に宿を借りたとき、夜中に床下から「爺さん、おるかい」という声が聞こえてくる。爺さんは眠ったままそれに返事をしていたが、やがて眠りが深くなると返事をしなくなる。その内床下から”ぞろりんがったん”と棺桶を引きずった婆さんの幽霊が出てきて、返事をしない爺さんの様子をうかがう。旅人が驚いて逃げ出したのを爺さんと勘違いした婆さんはその後を追いかけ、旅人を柿の木の上に追いつめる。旅人が咄嗟に念仏を唱えると婆さんは木から落ちて消えてしまった。翌朝爺さんにこの出来事を告げると、内緒の話だが婆さんの頼みで床下に埋めたのだという。このままではいけないという旅人の勧めで爺さんは婆さんをちゃんとした墓に入れ、手厚く供養してやった。その後爺さんは茶飲み友達も出来て楽しく暮らしたという。


『爺さん、おるかい』

ある茶店を営む老夫婦はとても仲が良く婆さんは「焼かないで棺に入れて押し入れの中にいれてくれ」と爺さんにお願いする。その少し後に婆さんは流行病で亡くなり、爺さんは言われた通りに婆さんを棺に入れて押し入れに入れておいた。するとその日から、夜になると押し入れから婆さんの声が聞こえてくるようになり、爺さんはそれに耐えかねてある日茶店を飛び出した。爺さんは一軒の家を見つけると、追われているのでかくまってほしいと家主に頼み、押し入れに隠れる。ところが婆さんの声は家の中にまで入ってきて、爺さんはとり殺されてしまう。

あの世で婆さんにあった爺さんは、一緒にいたくないわけじゃないけどもう少し現世におりたかった、と婆さんに愚痴りながら三途の川を二人で渡り、閻魔様に事情を説明して、前歯を3本抜く変わりに本来過ごすはずだった10年間を現世に戻って過ごす事を許される。

爺さんが現世に戻って10年が過ぎ、再びあの世で閻魔様に会うと極楽行きを言い渡されて1人極楽へ向かう。爺さんは極楽で一軒の茶屋を見つけ、そこで婆さんと再会して再び仲良く茶屋を始める。


『春の野路から』

貧乏な爺さんがたまにはゆっくり休もうと外に出て、春の野原で花見酒でもしようと石に腰掛けると足下に1つの髑髏を見つける。1人で飲むのもつまらないから、と爺さんは骸骨に酒をかけてやり、歌などを歌って楽しく過ごした。 そして爺さんが帰ろうとすると、17、8の娘に呼び止められ、自分が3年前にここで死んだ事や久々に楽しく過ごせた礼を伝えられる。さらに、その娘に頼まれて娘の親の家まで行き法事に参加することになる。娘と爺さんは不思議に周りの人から見える事はなく、爺さんは好きな酒を沢山ごちそうになった。ところが使用人に対する主人の小言を聞いて娘は気分を害し、立ち去ってしまい、残された爺さんは急に皆から見えるようになってしまう。事情を説明すると娘の両親は、娘の所まで案内してくれといい、骨を迎えに行って葬式を行なった。爺さんは娘の親に情けをかけられ、一生安楽に暮らす事ができた。

(『日本の昔話』参考)


供養をされない霊 『ぞろりんがったん』も『爺さん、おるかい』も、どちらも婆さんは正しい方法で供養されていない。特に『ぞろりんがったん』に出てくる旅人は爺さんに「駄目ですよこんなことしちゃあ。ちゃんとお墓に入れてお経をあげなくっちゃあ」と言っている。また、『春の野路から』では爺さんに見つけてもらった後再び葬式が行われていることから、正しい手順を踏んで供養されなかった霊というのは、現世にとどまるものと考えられる。 そう考えると、大宅光国が骸骨の怪異を僧侶の仕事で武人の関わる事じゃないと言ったのも、現世に留まった霊を消すには正しい供養という方法しかないという考えがあったからではないだろうか。

【追記】

廃墟と骸骨について

山東京伝の文化六(1809)年の作品で「浮牡丹全伝」というものに、本作と同様に廃墟と骸骨が出てくる。 挿絵は歌川豊広のものだが、豊国の描く骸骨と髑髏の描き方がよく似ている。場面は磯之丞という男が高貴な館(実は廃墟)で美しい女性(実は骸骨)のもてなしをうけるところ。

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古典籍総合データベースより[1] 挿絵部分:

「浮牡丹全伝」の三巻十四〜十五丁目[2]


また、「山東京伝集」によると

「庭に数百の骸骨が現れて合戦におよび、「雲霧などのやうにきえ失せぬ」とある其二図は、『平家物語』の「物怪沙汰」に拠っている」

とある。『平家物語』の「物怪沙汰」とは、福原遷都を断行した清盛の前に無数の髑髏が現れどっと笑った後に消え失せるというもので、この場面を描い浮世絵としては歌川広重画の「平清盛怪異を見る図」 などがある。また、同書にある

「京伝は、平家凋落の前兆となった髑髏の怪異を、骸骨の合戦に直して用いたのである」

というところを踏まえて考えると、本作の中の骸骨同士の合戦も平家の凋落、つまり平将門の遺児である滝夜叉姫の敗北を暗示しているというように読み取れる。 また、骸骨と人物に注目して見てみると「平清盛(平氏)に対しての骸骨=源氏の怨霊」「大宅光国(源氏側の家臣)に対しての骸骨=平氏の怨霊」というように、『平家物語』とは関係がきれいに逆になっているのが分かる。



『完訳グリム童話集Ⅰ』池田香代子訳 講談社 平成19年10月10日

『日本の昔話』柳田国男 新潮社 平成6年7月15日

『奇想の江戸挿絵』辻惟雄 集英社 平成20年4月22日

Ancient instruments [3]閲覧日5月31

『山東京伝集』佐藤深雪 国書刊行会 昭和62年8月25日