阿仏尼

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あぶつに


画題

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解説

画題辞典

阿仏尼は権大納言藤原為家の妻にして権中納言為相の母なり、初め安嘉門院に仕え四条又右衛門佐と称す、阿仏尼は薙髪後の法名なり。和歌を善くす、著書に十六夜(いざよい)日記、夜鶴などがあり。十六夜日記は、尼の長子為氏が季子為相に属すべき和歌所の領地を横領したのを、鎌倉公文所の裁決を乞はんが為めに、建治三年京より鎌倉に下りし折の日記なり。弘安六年九月歿す。

冷泉伯爵家に伝豪信筆の阿仏尼画像あり。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

『十六夜日記』の著者、『東見記』に曰く、

阿仏は平の時忠の一門の女也、安嘉門院の衛門佐と云ふ、後には四条とも云ふ、嫁為家、而生為相、為氏は宇津高弥三郎頼綱の女之腹也、為氏は兄也、為家末後に播磨の越部の庄を為相に譲る、為相幼少故、為氏是を押領す、於是阿仏尼鎌倉へ下り、是を訴ふ、此の時、為氏是れを為相にかへす、其の状于今藤谷為賢の家にあり。

と、『十六夜日記』は鎌倉に訴訟に赴くの日記であり、和歌をよくし弘安六年九月歿した。

阿仏尼を画くもの、冷泉伯爵家に伝豪信筆の像があり、近く帝国美術院展覧会に、

川船水棹筆  『鎌倉の阿仏尼』   第二回出品

岩田正巳筆  『十六夜日記から』  第七回出品

がある。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)