鉢の木

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はちのき


画題

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解説

(分類:物語)

画題辞典

鉢の木は佐野源左衛門常世が故事にして、謡曲「鉢の木」に於て最も世に知らる。最明寺時頼行脚して上野に至り、一代の廉士佐野常世が仮の住居に宿り、鉢の木を切りて火を作り客を遇する厚情に感じ、其素性を聞き、一族無道の暴横に領地を失ひ陋居して時を俟つものなるを知る。その痩せたる馬を指して志を語り、

  かやうにおちぶれては候へども、御覧候へ。是に武具一領長刀一えだ又あれに馬を一疋つなぎて持つて候。是れは唯今にてもあれ、蒙倉に御大事あらばちきれたりとも此具足取つて投げかけ錆びたりとも長刀を持ち痩てたりともあの馬に乗り一番に馳せ参じ著到につき

とあるに最も人口に膾炙する所なり。亦好画材たり。大阪吉村氏の所蔵に伊原西鶴の画あり。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

謡曲の名、北条五代の執権時頼薙髪して最明寺を創立し、これに閑居してゐたが諸国の守護地頭等の非道を行ふものあるを憂ひ、吏民の状態を探らうと粗服を纒うて、ひそかに鎌倉を忍び出で三箇年の間六十余州を行脚したと伝ふ、その行脚の途、不図下野佐野の里で清廉の武士佐野常世の家に宿る、折柄雪の日の寒さに、常世は梅松桜の鉢の木を切り炉に焚いて旅僧をもてなす、これが前段で、時頼は鎌倉に帰つてから俄かに兵を集め、痩馬に跨り、ふる腹巻に錆長刀を横たへ馳せつけた常世を見出し、其の清廉を賞して本領佐野庄三十余郷をかへし、更に鉢の木を切つてもてなした酬いにとて梅松桜に因む三箇庄を与へるのを以て後段とする、その絵画に多く描かれるのは、鉢の木を切る場面、時に鎌倉への出仕と双幅のものもある。一節を引く

さん候ふ、某世にありし時は、鉢の木に好き数多木を集めもちて候ひしを、かやうの体に罷りなり、いや/\木ずきも無用と存じ皆人に参らせて候ふ、さりながら、今も梅桜松を持ちて候ふ、あの雪もちたる木にて候ふ、某が秘蔵にて候へども、今夜のおもてなしに、之を火に炊きあて申さうずるにて候ふ、「いや/\是は思ひもよらぬ事にて候ふ、御心ざしはありがたう候へども、自然又、お事、世に出で給はん時の御慰みにて候ふ間、中々思ひよらず候ふ、「いやとても此身は埋木の、花咲く世に逢はん事、今此の身にてはあひがたし、唯いたづらなる鉢の木を、御身の為めに焚くならば、「是ぞ誠に難行の、法の薪と思し召せ、「しかも此の程雪ふりて、「仙人に仕へし雪山の薪、「かくこそあらめ、我も身を、捨人の為めの鉢の木、切るとてもよしや惜しからじと、雪うち払ひて見れば面白やいかにせん、先冬木より咲きそむる、窓の梅の北面は、雪封じて寒きにも、異木よりまづ先だてば、梅を切りや初むべき、見じといふ、人こそうけれ山里の、折りかけ垣の梅をだに、情なしと惜しみしに、今更薪になすべしと、かねて思ひきや、桜を見れば春ごとに、花すこし遅ければ、此木やわぶると、心をつくし育てしに、今は我のみわびて住む、家桜きりくべて、緋桜になすぞ悲しき、「扨松はさしもげに、「枝をため葉をすかして、かゝりあれと植ゑ置きし、其かひも今は嵐吹く、松はもとより煙にて、薪となるもことわりや、切りくべて今ぞ御垣守、衛士の焚く火はお為めなりよくあたり給へや。     (下略)

鉢の木を画いたものはその数少くないが、二三を挙げる。

円山応挙筆           横江竹軒氏旧蔵

柴田是真筆  『雪中三本薫』  松沢家旧蔵

小堀鞆音筆  『佐野の宿』   第一回淡交会出品

同      『常世』     東京美術学校蔵

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)