金時

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きんとき


画題

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解説

画題辞典

坂田金時は源頼光四天王の一人なり、足柄山の産、力万人に超え、一代の高名数ふべからず。その幼童として鉞を手にして戯れ、又熊と力を角せるなど、童話として広く世に知られ、又屡々描かれて端午節句などの祝いものとせらる。その身赤色にして「金」の字を記せる腹掛せるを通常の図様となす。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

一に公時に作る、平安朝時代の勇士、姓は坂田、源頼光の臣で、渡辺綱、碓井貞光、卜部季武と共に四天王の一人である、相模の足柄山に棲んでゐた山姥の子で、初名を金太郎と称へたと伝ふ、寛久四年二月刊行の浄瑠璃「漉根悪太郎」に始めて 坂田の民部公時とて、累代無双の勇士あり、出生を尋ぬるに、一とせ頼光清原右大将の讒言にて勅勘を蒙り、足柄山に忍ばせ給ふ折ふし何処よりともしらま弓、やたけ心のたぐひなき、名にしあひたる足曳の、山路を巡る山姥が頼光に奉りし其子也

と見える、正徳二年大阪竹本座に於て興行した近松門左衛門作『嫗山姥』に熊猪と力を角することを綴つてゐる、当時行はれた御伽噺の類に基いたものであらう、されど幼名を怪童丸と記して金太郎とはせず、金太郎と称へたのは後のことであらう、後の前太平記には公時が頼光の臣下となつたのを天延四年とし、頼光の歿後、足柄山に入つて踪跡を晦したと記す、今の足柄峠の南に公時山があり、此山を以て公時の生長した所と称す。  (日本百科大辞典)

此の公時の幼時山姥と共に画いたものは、浮世絵に歌麿外多くの作もあり、その熊猪と力を角する処もよく画かれる。

岩田正己筆  『山に住む公時』  昭和十三年文展出品

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)