邯鄲

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かんたん


画題

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解説

(分類:物語)

東洋画題綜覧

唐の開元年中、盧生といふ青年が、市に道土呂翁に出あひ、呂翁に枕を借りて眠り、宿舎の主人は黄粱を炊く、盧生は夢に高官に登り子孫皆繁栄し齢八十を重ぬと見で覚めたが、その時まだ黄粱は熟してゐなかつたといふ故事、出処は『李泌枕中記』である。

開元十九年道者呂翁、于邯鄲邸舎中値少年盧生、自嘆其困、翁操嚢中枕授之曰、枕此当令子栄適如意、生于寝中娶清河崔氏女、挙進士登甲科、官河西滝石節度使、尋拝中書侍郎同中書門下平章事、掌大政十年、封趙国公、三十余年出入中外、崇盛無比、老乞骸骨、不老許、卒于官、欠伸而窹、初主人蒸黄粱為饌、時尚未熟也、呂翁笑謂曰、人世之事、亦猶是矣、生曰、此先生以窒吾欲也、敢不受教、再拝従而去。

これを画いたものでは、渡辺崋山筆『黄粱一夢』自刃に先つての作として有名であり、原邦造氏の所蔵である、此の外古く明の朱端筆(菊地惺堂氏旧蔵)があり、現代ては左の作がある。

橋本永邦筆  『邯鄲』    第九回院展出品

太田天洋筆  『盧生之夢』  第四回帝展出品

長井大有筆  『邯鄲』    第七回帝展出品

謡曲にも『邯鄲』がある。元清の作で、如上の故事を作つたもの、

「盧生は夢さめて、「盧生は夢さめて、五十の春秋の、栄花もたちまちに、たゞ茫然とおきあがりて、「さばかり多かりし、「女御更衣の声ときゝしは、「松風の音となり、「宮殿楼閣は、「たゞ邯鄲のかりのやど、「栄花のほどは「五十年「さて夢の間は粟飯の、「一炊の間なり、「ふしぎなりやはかりがたしや、「つら/\人間の有様を案ずるに、「百年の歓楽も、命終れば夢ぞかし、五十年の栄花こそ身の為には是までなり、栄花の望もよはひの長さも、五十年の歓楽も天位になればこれまでなり、げに何事も一すゐの夢、「南無三宝、南無三宝、「よく/\思へば出離を求むる知識はこの枕なり、げに有り難や邯鄲の夢の世ぞと悟り得て、望かなへてかへりけり。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)