西園雅集

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さいえんがしゅう


画題

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解説

画題辞典

我が大江定基は落飾して宋に入り、円通大師の号を受く、当代の文人墨客、蘇東坂、王晋郷、蔡天啓等十六人と西園に雅集を催す、是れ西園雅集と伝ふる所にして、或は架空のことなるべけれども、李龍眠先づ画き、米元章之れが記を作りしより世に称せられ、爾来和漢画家の好んで筆する所となる、米元章の西園雅集の記次の如し。西園雅集図記 米 芾李伯時效唐小李將軍、為着色泉石雲物草木花竹皆妙絶動人、而人物秀發各肖其形、自有林下風味、無一點塵埃氣、非凡筆也、其烏帽黄道服投筆而書者、為東坡先生、仙桃巾紫裘而坐者、為王晉卿、幅巾青衣據方機而凝竚者、為丹陽蔡天啓、捉椅而視者、為李端叔、後有女奴、雲鬟翠飾侍立、自然富貴風韻、乃晉卿之家姬也、孤松盤欝、後有凌霄纏絡、紅綠相間、下有大石案、陳設古器瑤琴、芭蕉圍繞、坐於石磐傍、道帽紫衣、右手倚石、左手執卷而觀書者、為蘇子由、團巾繭衣、手秉蕉箑、而熟視者為黄魯直、幅巾野褐、據橫卷画淵明歸去來者、為李伯時、披巾青服、撫肩而立者、為晁無咎、跪而捉石觀画者、為張文潛、道巾素衣、按膝而俯視者、為鄭靖老、後有童子、執靈壽杖而立、二人坐於磐根古檜下、唐巾青衣、袖手側聽者為秦少遊、琴尾冠紫道服、摘阮者為陳碧虚、唐巾深衣、昂首而題石者、為米元章、袖手而仰觀者、為王仲至、前有鬋頭頑童、捧古硯而立、後有錦石橋、竹徑繚繞於清溪深處、翠陰茂密中、有袈裟坐蒲團而說無生論者、為円通大師、傍有幅巾褐衣而諦聽者、為劉巨濟、二人並坐於怪石之上、下有激湍、●流於大溪之中、水石潺湲風竹相吞、爐烱方裊、草木自馨、人間清曠之樂不過於此、嗟呼、洶湧於名利之域、而不知退者、豈易得此耶、自東坡而下、凡十有六人、以文章議論、博學辨識、英辭妙墨、好古多聞、雄豪絶俗之資、高深羽流之傑、卓然高致、名動四夷、後之覽者不獨図画之可觀亦足彷彿其人耳尚ほ大江定基の条参照すべし。西園雅集を図せるもの、

仇英作双幅、渡辺崋山筆(参河太田氏蔵)、田能村竹田筆二幅(筑前貝島榮四郎氏所蔵)、高隆古筆(埼玉小室氏蔵)、藤本鉄石筆(京都帝室博物館蔵)、石田有年筆(同)

その他近世作家の作る所多し。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

西園雅集は、我が大江定基、落飾して宋に入り、円通大師の号を受け、洽く当代の文人墨客と交る、一日西園に雅集あり、蘇東坡をはじめとして、王晋卿、蔡天啓等十六人、一日を雅宴に興じたが、定基の円通大師も亦その一人であつたと、架空の説ともいはれるが李竜眠先づ之を画き、米元章『西園雅集記』を作つて現はれ、好画題として描かるゝもの少くない。その文を引く。

     西園雅集図記     米芾

李伯時効唐小李将軍、為着色泉石雲物草木花竹皆妙絶動人、而人物秀発各肖其形、自有林下風味、無一点塵埃気、非凡筆也、其烏帽黄道服投筆而書者、為東坡先生、仙桃巾紫裘而坐者、為王晋卿、幅巾青衣拠方機而凝佇者、為丹陽蔡天啓、捉椅而視者為李端叔、後有女奴、雲鬟翠飾侍立、自然富貴風韻、乃晋卿之家姫也、孤松盤鬱、後有凌霄纒絡、紅緑相間、下有大石案、陳設古器瑶琴、芭蕉囲繞、坐于石盤傍、道貌紫衣、右手倚石、左手執巻、而観書者、為蘇子由団巾繭衣、手秉蕉箑、而熟視者、為黄魯直、幅巾野褐、拠横巻画淵明帰去来者、為李伯時、披巾青服、撫肩而立者、為晁無咎、跪而捉石観画者、為張文潜、道巾素衣、按膝而俯視者、為鄭靖老、後有童子、執霊寿杖而立、二人坐于盤根古桧下、唐巾青衣、袖手側聴者為秦少遊、琴尾冠紫道服、摘阮者為陳碧虚、唐巾深衣、昂首而題石者為米元章、袖手而仰観者、為王仲至、前有鬅頭頑童、捧古硯而立、後有錦石橋、竹径繚繞於清渓深処、翠陰茂密中有袈裟坐蒲団而説無生論者、為円通大師、傍有幅中褐衣而諦聴者為劉巨済、二人並坐於怪石之上、下有激湍澴流於大渓之中、水石潺湲風竹相呑、炉煙方裊、草木自馨、人間清曠之楽不過於此、嗟乎洶湧於名利之域、而不知退者、豈易得此、自東坡而下、凡十有六人、以文章議論博学弁識、英辞妙墨、好古多聞、雄豪絶俗之資、高深羽流之傑、卓然高致、名動四夷後之覧者不独図画之可観、亦足彷彿其人耳。

これを図するもの古来少くない二三を挙ぐ。

仇英筆   (周天球題字)(重美)  土井林吉氏蔵

立原杏所筆        (重美)  山内保氏蔵

渡辺崋山筆              愛知太田氏蔵

藤本鉄石筆              京都恩賜博物館蔵

谷文晁筆               団伊能氏蔵

富岡鉄斎筆              岸上家旧蔵

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)