藤の花衣

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ふじのはなぎぬ


画題

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解説

東洋画題綜覧

『古事記』応神天皇の条に載せられた伝説、伊豆志の八前の大神の娘の伊豆志袁登売は花も恥らふ美しさに、これを垣間見た八十神など、皆それ/゙\に思を寄せて妻にと求むるもの多かつたが、姫は更に靡く風情もない、処がここに秋山之下氷壮夫と春山之霞壮夫といふ兄弟があり、共に袁登売に思ひを寄せて居た、ある日、兄の下氷壮夫は弟の霞壮夫に向つて、何れか袁登売を先に得ることかといひ、霞壮夫の私が袁登売を得て見やうといふのに、若し汝が袁登売を得たならば、我は上下の衣を脱ぎ車の高さを量つてその高さほど甕に酒を満たせ山海の珍味を集めて賭けやうと嘲つた。弟の霞壮夫は何か心に期する処があつたと見え、先づ母を訪ねて兄の言葉を伝へた、母は霞壮夫を憐み、今宵一夜を待つやうにと諭した、やがて母は藤葛を取つて来て、これで衣も袴も襪まで一夜の中にしつらへ、さて弓矢まで具へて弟の来るを待つた、翌朝霞壮夫が見えるを、母は用意の藤葛の衣を着せ弓矢をも手に取らせ、これで袁登売を訪ねて見よというた、霞壮夫はこれを身につけやがて袁登売の家を訪れたが、扨て何となく心おくれて家の中へえ進まず窓の辺近く佇んでゐた、するとその優しい心に春の気が萌してか、不思議や身に纒うた藤葛の衣からは、見る見る美事な房を伸ばして、ゆかりの色の美しい藤の花衣となり、又と此の世にありとも思へぬ優しい姿となつた、これを垣間見た袁登売はやゝしばらくその美しさに見恍れてゐたが、思はずその双の頬に若い血潮のさすのを覚え、そして粛やかに霞壮夫の傍へ歩を運ばせて肩のあたりの藤の花房一つを摘み取つた、霞壮夫は思を遂げて、意気揚々と我が家に引あげ、『兄君よ、袁登売は私のものである』誇りかに言ひ放つた、藤の花はまだその衣に咲いてゐる。

此の物語は曽て筆谷等観、土田麦僊の作にあり、彫刻では長谷川栄作が、伊豆志袁登売と題して製作してゐる。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)