薄雪物語

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うすゆきものがたり

江戸時代に女性の艶書規範として流行した仮名草子。内容は、園部左衛門が清水寺に詣で、薄雪を見染め、「をとこ」「女の返し」というような形式で恋文のやりとりをする。その手紙文は、男の切なる愛情の訴えに対し、女はその夫ある身を告げ断るが、ついに男の情に負けて契りを結ぶ。このような関係を続けているうちに、左衛門が急に近江の志賀の里へ出かけることになり、一ヶ月ばかり留守をする間に薄雪が病死する。帰ってきた左衛門は悲嘆にくれて出家して高野山にこもったが、二十六歳で往生したというもの。

艶書の文例といふ風に受け取られ、例えば「諸國心中女」に「何の角(か)のとかきつづけたる皆うす雪の絵草子より学び得たる文章」とあつたり、「咲分五人娘」に「薄雪恋の文づくしを手本にして、ぬれ文を書ならひ」とあつたりして、みな恋文の見本扱ひにしてゐる譚である。


歌舞伎:貞享二年(1685)初演

「新薄雪物語」:享保四年(1719)


参考文献)野田壽雄『日本古典全書「假名草子集」上』朝日新聞社、昭和35.3