花の宴

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はなのえん


画題

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解説

画題辞典

源氏物語の一巻にて、通例源氏花の宴と称す。紅葉賀の行はれし次の年、大内にて花見あり。南殿の桜盛りに咲ける花の下にて公卿上人集りて詩歌などの催あり。此時の東宮は朱雀院とて光源氏が異腹の兄なり。扨源氏の君は藤壺の方を忍びありき給ひ、弘徽殿の簾に佇み給ふに、折から簾の内より女房の声して、朧月夜にしくものになきと詠みけるあり。源氏即ち忍びよりて終に通ぜしとなり。此女房は朱雀院の御母弘徽殿の妹にて六の君といはれし方なり。朧月夜の内侍とは称す。源氏に通ぜしばかりて女御にもなり得ず内侍にて終りぬといふ。此図亦源氏檜巻の外には近く冷泉雨恭の描けるものあり。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

花の宴は『源氏物語』の二十三帖目である、光源氏は十九歳で宰相の中将であり、「春」といふ字を賜つて詩を作り人々を驚かす、夕暮に舞楽が始まり「春鴬囀」が出て、源氏もその末を舞ふ、その書き出しの文章を引く。

二月の二十日あまり、南殿の桜の宴せさせ給ふ、弘徽殿の女御中宮のかくておはするを、折節ごとにあからずおぼせど、物見にはえ過し給ふ、日いと能く晴れて空の気色、鳥の声も心地よげなるに、親王達、上達部よりはじめて、その道のは皆探韻給はりて、ふみつくり給ふ、中将春といふ文字給はれりとの給ふ声さへ、例の人に異り、次に頭中将、人のめうつしもたゞならず覚ゆべかんめれと、いとめやすくもてしづめて、こわづかひなどものものしく勝れたり。

この帖花やかな桜の場面とて源氏絵としてよく描かれてゐる。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)


源氏物語』五十四帖の第八、源氏廿歳の春のこと

二月の廿日あまり、南殿の桜の宴せさせ給ふ、后春官の御局左右にして参り上り給ふ弘徽殿の女御、中宮のかくておはするを、折節ごとに安からずおぼせど、物見にはえ過し給はで参り給ふ、日いと能く晴れて空の気色鳥の声も心地よげなるに、親王達、上達部よりはじめてその道には皆探韻給はりて、ふみつくり給ふ、宰相の中将、春といふ文字給はれりとの給ふ声さへ例の人に異なり、次に頭の中将人のめうつしをたゞならず覚ゆべかんめれど、いとめやすくもしづめて、こわづかひなど、もの/\しく勝れたり。

此の宴は入日の頃に果てたが源氏は、弘徽殿の細殿に立寄り、ふと見ると女の姿が目に映る、『朧月夜に似るものぞなき』と誦してくるので源氏その袖を捉へて思ひを通はす、此の女房は弘徽殿の妹で六の君といひ、朧月夜の内侍といふ。

源氏絵には華々しき場面となつて描かれ、単独のものとしては、冷泉為恭、松岡映丘にも此の作がある。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)