艶容女舞衣

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はですがたおんなまいぎぬ


総合


歌舞伎

浄瑠璃。三巻の世話物。 竹本三郎兵衛・豊竹応律・八民平七作。角書「美濃屋三勝あかねや半七」。安永元年(一七七二)十二月二十六日大阪豊竹座初演。 女舞(幸若舞の一流大頭の女舞)の太夫笠屋三勝と大和五条の赤根屋半七が、元禄八年(一六九五)十二月七日、大阪千日寺の墓所、火屋の裏のサイタラ畑で心中した事件を題材にしている。『南水漫遊』などに、検死の役人の手控えによる心中現場の記録、遺族の口上書、三勝・半七の書置等が収録される。女舞三勝の旅興行の記録も存在。 歌舞伎では、元禄八年冬から大阪岩井半四郎座で世話狂言『心中茜の色揚』にこの事件を取組み、花井あづまの三勝、杉山勘左衛門の半七で上演。「御評判の心中」として150日間の大当り〈歌舞伎年表〉。浄瑠璃では、享保四年(一七一九)に豊竹座で紀海音作『笠屋三勝廿五年忌』、延享三年(一七四六)陸竹小和泉座で春草堂(難波三蔵)作『女舞剣紅楓』、明和1年(1764)扇谷豊前掾座で『増補女舞剣紅楓』などが先行作として存在する。 上の巻。茜屋半七は、女舞の太夫美濃屋三勝と深くなじみ、お通という子までなしている。親の代からの惜金と、今市善右衛門の横恋慕に悩まされ、許嫁の女房お園を嫌い、親の不興を買っている(生玉・島の内茶屋)。 中の巻。半七の不行跡から半七の父半兵衛と舅宗岸は不仲になり、お園は宗岸の許へ連れ戻される。半七は父の勘当を受ける。お園は秘かに三勝を訪れ、半七の勘当が許されるまで、一旦縁を切ってくれと頼む。一方、三勝の兄美濃屋平左衛門は、借金返済のために、三勝に大和桜井の大名家へ妾奉公に上ってくれと頼む。三勝は思い余って死のうとするが、三勝を抱えにきた桜井の家中宮城十内が、かつて平左衛門と三勝の父に借りた五十両を返し、妾奉公の話はとり止めになる(新町橋・長町)。 下の巻。半七は三勝のことで意趣を持つ善右衛門から、五十両の贋金を掴まされ、逆上して善右衛門を殺す。父半兵衛は、半七の代りに繩にかかって自宅に預けられ、宗岸も半兵衛の親心に感じ後家にする心でお園を連れてくる。お園は半七の身を案じ、自分がなければ、子までなした三勝を茜屋の嫁に迎え、半七の身持も直り、すべてが納まったであろうにと嘆く。 半七はお通を捨子と装って茜屋に託し、書置きを残し、父母への不孝を詫び、お園の貞節に感謝しつつ、三勝と心中に向かう(今宮戎・上塩町)。 現在では下の巻の「酒屋の段」だけが上演され、ここでのお園が物思いにふけって「今頃は半七さん」というクドキは、あまりにも有名である。