船子和尚

提供: ArtWiki
移動: 案内検索

せんすおしょう


画題

画像(Open)


解説

画題辞典

船子徳誠禅師、透州華亭の人、節操高邈にして度量群ならず、薬山禅師に参し、道吾、雲岩と同道の交を為す、後各一方に拠りて薬山の宗旨を建立せんことを期して二同志と離別す、透州華亭に小舟を浮べ、縁に随つて日を度り、四方往来のものに接す、時人その高踏を知らず船子和尚と呼ぶ。偈あり曰く「三十年来坐釣台、釣頭往々得黄態、金鱗不遇空労力、収取絲綸帰去来」、時に夾山あり、道吾に示されて華亭に至り、船に在るの師に問ふ所あり、一問一答の後、師曰く糸を垂る千尺、意深潭にあり、釣を離る三寸、子何ぞ道はざる、夾山将に言はんとする時、師の一撓に会り水中に打落す、山纔に船に上らんとす、師又道へ々々と連呼す、山再び口を開かんとす、師叉打つ、山、豁然大悟、点頭三下す、山去るに及び、師撓子を竪起し、船を覆し水に入りて寂す、船子と題し古来屡々画かるゝ所なりとす、

井上侯爵所蔵に因陀羅の筆に成るものあり。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

船子和尚は徳誠禅師のこと、節操高く、気宇宏量、夙に薬山禅師に参じ、道吾、雲岩と同道の交を為す、常に秀州華亭に小舟を泛ベ緑を逐うて日を過した、人呼んで船子和尚といふ、ある時夾山善会禅師、道吾の言に依つて華亭に到り船子を訪ふ、船子は船にあり、一問一答す、これが『船子夾山』としてよく画かるゝもの、『後素説』に、五灯会元伝灯録を引て曰く。

秀州華亭船子徳誠禅師、至秀州華亭泛一小舟随緑度日、以接四方往来之者、時人莫知其高踏、因号船子和尚、一日泊船岸辺閑坐、有官人問如何是和尚日用事、師豎撓子曰会麼、官人曰、不会、師曰、棹撥清波金鱗罕遇云々、夾山造華亭船子纔見、便問大徳住甚麼寺、曰山寺即不住住即不似云々、師又問垂糸千尺意在深潭、離釣三寸子何不道、山擬開被師一撓打落水中、山纔上船、師又曰、道々山擬開口、師又打山豁然大悟。

又、

澧州夾山善会禅師因道吾、勧発往見船子、由是師資道契微、朕不留云々、問如何是相似句、師曰、荷葉団々似鏡、菱角尖々似錐云々、問如何是夾山境、師曰、猿抱子帰青嶂後、鳥銜華落碧巌前  (五灯会元)

これを画けるものでは因陀羅筆『船子夾山』(井上侯爵家旧蔵)が有名であり、近く下村観山にもその作がある。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)