聖徳太子南無仏像

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しょうとくたいしなむぶつぞう


画題

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解説

東洋画題綜覧

聖徳太子南無仏像は太子二歳の御像で裸形に緋の跨をつけて合掌された御像で伝記に依れば、正安年中橘寺の佳僧尭願房が本願によつて久米寺戒日上人夢想を蒙り、そこで奏聞を経て持明院殿の皇子の三歳の御姿を写し、仏師丹好に命じて彫刻せられたものに始まるといふ。『南無仏』の因縁に就いては『水鏡』の敏達天皇の条に

三年二月十五日、聖徳太子東に向はせ給ひて『南無仏』とのたまひつゝ御掌のうちより仏舎利をいだし給ひき、御年二歳のをりなり。

とある、其の画像には左の作がある。

筆者不明  益田男爵家蔵

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)