米法山水

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べいほうさんすい


画題

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解説

画題辞典

米法山水、又米點山水といふ、支那南画の大家宋代の米芾米友仁の父子が、董源が遠樹を画くに用ゐし點綴を利用し、円山遠樹等を顕はせるに起因す、盛に水墨の生潤を以て點綴を試みたるより、遂に後世この點綴を米點と名づけ、之を以て画けるものを米法山水と名づくるに至れり、素より南画系統のものゝ間に行はれしものにして、我邦近世に於て西の岡田半江、東の高久靄崖など最も之を克くせり。宋、龍門潭筆(黒田侯爵所蔵)明、藍瑛筆筆(三条公爵所蔵)龏開筆(讚岐難波氏所蔵)董其昌筆(山本悌次郎氏所蔵)米江筆(住友男爵所蔵)龍門寧士筆(黒田侯爵所蔵)田能村竹田筆(木戸侯爵所蔵)高久靄崖筆(菊池長四郎氏所蔵)等逸品と推すべきものゝ二三なり。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

米点山水と同じ、南画の一技法、点描を以て豊潤な墨気を見せ、その濃淡に依つて巧みに遠近深浅を表現する、これは宋の米元章がその子米友仁と共に董源が遠樹を描くのに用ひた点描を利用して、遠山遠樹を描いたのに始まるといふ、為めに米法といふ、『芥子園画伝』には『二米石法』あり曰く。

これ米点にして微しく芝麻皺を問ふるなり、元暉父子、高山茂林の中に于て、時に一たび之を置く、層々点染して煙潤を以て主と為す、石法の稜角を露さずと雖も然も共眶廓の手を下す処を視れば寔に披麻なり。

米法山水の名品を左に掲げる。

竜門漫士筆   黒田侯爵家蔵

藍瑛筆     三条公爵家蔵

董其昌筆    山本悌二郎氏遺愛

田能村竹田筆  神戸鹿峰氏旧蔵

谷文晁筆    同

山本梅逸筆   伊東与三松氏蔵

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)


べいてんさんすい「米点山水」に同じ、さんすいが「[[山水画]」の項を見よ。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)