産女の描かれ方

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総合

◇書籍

 ・『今昔物語集』(十二世紀前半の成立?)巻第二十七「頼光郎等平季武産女値語第四三」

   川を渡ろうとする者に赤子を抱くように強要し、赤子を受け取って抱けば返せと追いかけてくる。


 ・『百物語評判』(貞享三年=1686年)巻二「第五、うぶめの事附幽霊の事」

   出産の上にこの世を去った女が、其の執心で産女となる。腰より下は血に染まって、「ばれうばれう」と泣く。


 ・井原西鶴『好色一代女』(貞享三年=1686年)巻六「夜発の付声」

   蓮の葉笠をかぶったような子供の幻で、腰から下は血にまみれている。子供らは皆片言で「おんぶして、おんぶして」と言って泣いている。


 ・『奇異雑談集』(貞享四年=1687年)「産女の由来の事」

   懐妊不産して死んだ者をそのまま野に捨てれば胎内の子は死なず、野で生まれる。母の魂魄は形となり、子を抱いて夜を歩く。其の赤子の泣くのをうぶめ泣くと言う。腰より下は血に浸って、力は弱い。人がもしこれに会ったら「背負え」と言われ、嫌がらずに背負ったら人を裕福にする。


 ・『土佐お化け草紙』(江戸中期〜後期)

   子を身籠って死んだ女は極楽浄土に行っても仏とならず、魂魄は残って幽霊となる。朧月夜には山里より出て徘徊し、盂蘭盆の日には人の家の畑の中に来るとか言う。


 ・『百鬼夜講化物語』(天明五年=1785年)

   難産で死んだ女の霊のことを産女といい、「此の子を少し抱いてくれ」と言う。


 ・『模文画今怪談』(天明八年=1788年)

   三十路ほどの女が一人の子供を抱えて来て「この子を少しの間抱いて下さい」と頼むのでその子を抱く。子供は次第に重くなってしきりに泣き、その口は火事のように赤かった。


 ・『日本昔話名彙』「産女の礼物」

   産女の子を預かると大刀を授けられる。


 ・『せん三つはなし』(刊年未詳)

   墓場を通ったときに突然現れて追いかけてくる。大変やせていて、経帷子を着ており、子を抱き、腰より下は紅に染まっている。



◇絵画

『化物絵巻』(注1)
『化物づくし』(注2)
『百怪図巻』(注3)
『百鬼夜行絵巻 ボストン』(注4)
『蕪村妖怪絵巻』(注5)(宝暦四年〜七年=1754〜1757)
『妖怪仕内評判記』(注6)(安永六年=1777年)
『今昔画図 続百鬼』(注7)(安永八年=1779年)
『百鬼夜講化物語』(注8)(天明五年=1785年)
『模文画今怪談』(注9)(天明八年=1788年)
葛飾北斎『和漢絵本魁』(注10)(天保七年=1836年)
『土佐お化け草子』(注11)(江戸中期〜後期)
『土佐お化け草子』(注12)(江戸中期〜後期)
『江戸妖怪かるた』(注13)(江戸時代)
『怪奇談絵詞』(注14)(幕末〜明治初期)
『せん三つはなし』(注15)(未詳)



<脚注>

(注1)京極夏彦・多田克己 編『妖怪図巻』、国書刊行会、2000年06月20日

(注2)注1と同じ

(注3)注1と同じ

(注4)湯本豪一 編『続・妖怪図巻』、国書刊行会、2006年05月25日

(注5)湯本豪一『妖怪百物語絵巻』、国書刊行会、2003年07月22日

(注6)アダム・カバット 編『大江戸化物細見』、小学館、2000年02月10日

(注7)稲田篤信 編『鳥山石燕 画図百鬼夜行』、国書刊行会、1992年12月21日

(注8)近藤瑞木 編『百鬼撩乱ー江戸怪談・妖怪絵本集成』、国書刊行会、2002年07月30日

(注9)注8と同じ

(注10)『井原西鶴集1 新編日本古典文学全集』、小学館、1996年4月10日

(注11)注5と同じ

(注12)注5と同じ

(注13)多田克己 編『江戸妖怪かるた』、国書刊行会、1998年12月01日

(注14)注5と同じ

(注15)岡本勝『初期上方子供絵本集』、角川書店、1982年02月28日