物部尾輿

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もののべの おこし


画題

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解説

前賢故実

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連尾輿は、欽明天皇が即位のときに大連に任じられた。新羅征伐をしようとする帝は、征伐に使う兵士の数について連尾輿に聞いてみた。連尾輿は「大伴金村の事があったため、新羅は日本のことを懼れて警備を強化したはずだ。今は安易に兵を起こさない方がいい。」と申しあげた。帝は連尾輿の言う通りにした。欽明天皇十三年、百済が金銅釈迦仏像を献上した。帝は群臣に「朕は仏を拝むべきか」と聞いた。大臣蘇我稲目が拝むべきと勧めた。すると、連尾輿と鎌子がともに「我が国は昔から天地、社稷および百八十の神を祭ってきた。蕃神を拝むと、我が国の神々が怒る恐れがある。」と奏上し、帝が仏像を拝むことを阻止した。帝は蘇我稲目に仏像を賜った。

(『前賢故実』)