片岡山

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かたおかやま


画題

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解説

東洋画題綜覧

片岡山は大和国北葛城郡にある、今の王寺村、志都美村、上牧村等の地をいふ、万葉集第七巻に

片岡の此の向峰に椎蒔かば今年の夏の陰になみむか

とある、聖徳太子ここに行啓在して飢ゑたるものに衣裳を脱与ヘ給ふ事跡を画く。『日本書紀推古紀』に曰く

廿一年冬十一月、掖上池、畝傍池、和珥池を作る、又難波より京に至るまで大道を置く、十二月庚午朔、皇太子片岡に遊行ます時に飢ゑたる者道の垂に臥せり、仍りて姓名を問ひたまふ、而して言さず、皇太子視て飲食を与へたまふ、即ち衣裳を脱ぎて飢者に覆ひて言く、安く臥せよ、則ち歌よみて曰く。

しな照る、片岡山に、飯に飢て、臥せるその旅人あはれ、親無しに、なれなりけめや、さす竹の、君はやなき、飯に飢て臥せる、その旅人あはれ

辛未、皇太子、使を遺はして飢者を視しむ、使者還り来て曰く、飢者既に死りぬ、爰に皇太子大に之を悲しみ、則ち因りて以て当処に葬埋めしむ、墓固封む、数日の後、皇太子近習者を召して、謂つて曰く、先の日道に臥せる飢者は、其れ凡人に非じ、必らず真人ならむ、使を遣して視しめたまふ、是に於て使者還り来て曰く、墓所に到りて視れば封埋めるところ動かず、乃ち開きて屍骨を見れば、既に空しくなりたり、唯衣物畳みて棺の上に置けり、是に於て皇太子復た使者を返し、其の衣を取らしめ、常の如く且た服たまふ、時の人大に畏しみて曰く、聖の聖を知ること、其れ実なる哉、逾惶まる。

此の片岡山の事跡を書いたものに左の作がある。

橋本関雪筆  『片岡山のほとり』  第五回文展出品

織田観潮筆  『片岡山』      第二回帝展出品

荒井寛方筆  『同』        前期美術院出品

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)