演出形態

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演出形態(えんしゅつけいたい)

能における演出とは、言うまでもなく視覚的・聴覚的表現のことである。古典芸能である能においては、その演出の技法に、各曲ごとの原則的な決まりがある。

たとえば、身体動作の演出とは、いわゆる振り付けのことで、能ではそれを(かた)と呼んでいる。立ち役(たちやく)の型を書き記したものを型付(かたつけ)と呼び、流派によって各曲の基本の型付がある。また、囃子方(はやしかた)の技法を()、あるいは手組(てぐみ)と呼び、それを書き記したものを手付(てつけ)という(ただし笛方(ふえかた)では指付(ゆびづけ)と呼ぶのが普通である)。そして、型付と同様に、流派によって基本の手付がある。そのほかにも、たとえば作リ物(つくりもの)を出すことも、能の時間構成の中で決まったタイミングで行われる。

これらの決まりに従えば、同じ流派同士の上演であれば、どの演者が演じても、同じ手足の動き、同じリズムやメロディの、いわゆる型にはまった表現となる。これを(つね)の演出と呼ぶ。各演者の個性は、その技法を守りながらも、微妙な味わいの違いによって発揮される。

一方で、常の演出とは異なる特殊な演出がある。(かえ)小書(こがき)と呼ばれるのがそれである。そこでは立ち役の身体動作の型や謡の詞章や囃子の手が基本とは違ったものになったり、装束が通常とは異なる豪華なものになったりする。しかし、通常の演出と異なる演出にはどのようなものがあり、どのような技法によって行うかにもそれぞれ決まりがあり、各演者が自由に演出を変えることは、普通は許されていない。これは、能が総合芸術であり、立ち役・地謡(じうたい)・囃子の担当者という、複数の種類の演者の複雑な演出を互いにぴったりと合わせるためには、そのうちの一演者による即興的な演出の変化は、共同作業としては不適だからである。

したがって、各演者の個性は、型を守りながらも、微妙な演出の味わいの違いによって発揮される。また、熟練した演者が、通常とはやや型を変えることもないわけではないが、その場合には、上演の前日あたりに行われる「申し合わせ」の際などに、他の演者に対して、このように演出を変えたいということを、前もって伝えておかなければならない。

(かえ)

常の演出(つねのえんしゅつ)で用いられる基本の(かた)に、ある曲のある部分においては二種類以上の型が伝わっている場合がある。このような場合、一つを基本の型と定め、それ以外は替の型または替の演出と呼ぶ。

能の場合、特別な演出には家元などの許可を必要とするものがあるが、替の演出は特に許可を必要とせず、上演に際して、いずれの型を選択するかはその演者の意思に任されていることが多い。

ある能が替の演出で演じられることになった場合、替の演出であることは、原則的には番組に明示されないが、その変更の度合いが大きい場合には、小書(こがき)として扱われることもある。

小書(こがき)

常の演出に対して、特殊な演出のことを小書という。小書は、番組の曲名の左下に、その特殊演出の名称を小さく書くことからそう呼ばれるようになった。小書による演出は、演者が師匠から許可を得なければ上演することができないもので、(ならい)と重なるものである。

また、許可を必要としない(かえ)は、その変更の度合いが大きい場合は小書と同様に扱われるものもあるが、観客に常の演出との違いを明らかにするために、番組に小書のようにその演出の呼称が書かれる場合もあり、後者は実際は小書とは違うものである。

小書には、常の演出と全く違った筋書きになるような演出の変更、舞事(まいごと)働事(はたらきごと)の変化、詞章の省略など、様々なバリエーションがある。またそれらに伴って装束の変更や作リ物(つくりもの)の変更が行われることも多い。

小書の中には、近世以前には常の演出であったものが、演出の整備に伴って特殊演出化していったものや、近代の各流の家元による工夫の産物などがあり、その成立事情は多岐に渡る。そのようにして作られた小書は、それぞれの曲に演出の幅を生み出し、同一の曲が上演される場合でも、絶えず新鮮な感覚を演者にも観客にも与えるための工夫である。

(ならい)

能や(うたい)で、特に師匠からの伝授を受け、許可を得なければ上演することができない事柄を習と言い、また習事(ならいごと)とも言う。

習は小書(こがき)の演出と密接な関係があり、小書の演出全体が習であるものや、その一部が習になっているものがある。

またこれとは別に、たとえば《道成寺(どうじょうじ)》や《関寺小町(せきでらこまち)》のように、曲目自体が習になっている場合があり、そのような曲を習物(ならいもの)という。