浄瑠璃姫十二段草子

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じょうるりじゅうにだんそうし


浄瑠璃物語とも。室町時代に成立したとされる。三河の国の浄瑠璃姫と牛若丸の悲恋物語で、室町時代末期・江戸時代初期に多くの諸本を生み出し、三河の岡崎・鳳来寺周辺の在地の伝承文芸にも成長していった。 東海道筋の宿場町である三河国岡崎・鳳来寺周辺には、『浄瑠璃物語』(『十二段草子』『浄瑠璃御前物語』とも)に見える義経の想い人である浄瑠璃姫とその父・兼高長者の伝承を伝える遺跡・遺物が多く、この地に在地の文芸として、寺院縁起や地誌などに色濃い影響を落としているのが分かる。

この伝説は、史実としての根拠はなくとも、少なくとも矢矧周辺で行われた口碑であったことは確かである。

写本・絵巻・板本各種(慶長活字本・慶長木活字本・正保三年板・寛文板等)がある。また、十二段本のほかに八段本・十五段本・十六段本などもあるが、やはり十二段本が一番古いであろう。


参考文献)

・磯沼重治「菅江真澄の伝承文芸への関心-三河国岡崎および奥羽の義経・浄瑠璃姫伝承を中心に-」『国学院雑誌 第九十九巻 第十一号』、国学院大学、株式会社ディグ、平成10

・島津久基『義経伝説と文学』