武陵桃源

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ぶりょうとうげん


画題

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解説

画題辞典

支那晋の太元年中、武陵の人、魚を捕へて業とするもの、一日渓に沿うて行きて路の遠近を忘る、而して忽ちにして桃花の岸を挟み乱開するに會す、数百歩中一の雑樹なし、芳華鮮美落英繽紛たり、漁人怪しみ、その林を窮めんと前行するに、林尽くる所水源に一山あり、その山に一小孔存ず、即ち舟を棄て此孔に入るに、初め狭く僅に人を通ずるに過ぎざりしが、数十歩にして轄然として天地開き、土地平曠曠屋舎儼立し、良田美池而存す、阡陌交通し雛犬相聞く、男女異装黄髪垂髫にして並に恰然自ら楽むの風あり、漁人大に驚き、之を問ふに秦の時国乱を避けたるものにして、妻子邑人を率ゐて此絶境に來住ずと、今の世は何の世かと問ひ、漢と魏晋との変遷一も知ることなし、漁人大饗を享け、停る数日にして去る、歸り來る時、路に標し來りて以て太子に報ず、太子直に往きて其地を求めしも、遂に路を得る能はざりしといふ、是れ武陵桃源の来由なり、古くは岳翁の画くものあり、近くは蕪村大雅等南画家の作る所多し。兵翁筆(川崎芳太郎氏所蔵)池大雅筆(小室春三郎氏所蔵)谷文晁筆(伊勢九鬼氏所蔵)立原杏所筆(斎藤斐氏所蔵)近頃の作にては今村紫紅が図知らる。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

武陵桃源はの華咲く仙境のこと、一漁夫ここに入つて帰るを忘れた故事、場所は今の湖南省常徳府の武陵県桃源県附近で、桃源山といふは桃源県の西南三十里の所といふ、これが出所は陶淵明の『桃花源記』である。

     桃花源記     陶淵明

晋太元中、武陵人捕魚為業縁渓行、忘路之遠近、忽逢桃花林夾岸、数百歩中無雑樹、芳草鮮美落英繽紛、漁人甚異之、復前行欲窮其林、林尽水源便得一山、山有小口、髣髴若有光、便捨船従口入、初極狭纔通人、復行数十歩、豁然開朗、土地平曠屋舎儼然、有良田美池桑竹之属、阡陌交通、鶏犬相聞、其中往来種作、男女衣着悉如外人、黄髪垂髫並恰然自楽、見漁人乃大驚、問所従来、具答之、便要還家設酒殺鶏作食、村中聞有此人、咸来問訊自云、先世避秦時乱率子邑人来此絶境、不復出焉、遂与外人間隔、問今是何世、乃不知有漢、無論魏晋、此人一々為具言、所聞皆歎惋、余人各復延至其家、皆出酒、停数日辞去、此中人語云、不足為外人道也、既出得其船、便扶向路、処々誌之及郡下詣大守説如此、大守即遣人随其往向所誌、遂迷不復得路、南陽劉子驥高尚士也、聞之欣然親往未果、尋病終、後遂無問津者。

武陵桃源は絶好の画題とて、これを画いたもの極めて多い、左に二三を列挙する。

明画武陵桃源        佐竹侯爵家旧蔵

周文筆    『桃源』   川崎男爵家旧蔵

岳翁筆           同

松村呉春筆(重要美術品)  遠山元一氏蔵

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)


その項(武陵桃源)を見よ。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)