橘逸勢女

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たちばなの はやなりのむすめ


画題

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解説

前賢故実

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文徳天皇が即位してまもなく、赦免の詔により逸勢は罪を許され、正五位下を贈られた。逸勢は闊達な性格で、些細なことに拘らず、学問に励み書道に秀でた。逸勢の隷書と楷書は特に優れている。逸勢が流罪にされたとき、その娘が泣きながら父の後を追った。娘は官吏らに叱られると、昼間は動かず夜は追い続け、密かに父を見守っていた。だが、逸勢は遠江阪築の駅で病死した。娘は慟哭し、駅の傍らに父を埋葬した。それから、粗末な小さい家を建て、父の生前と変わらぬ孝行を尽し、十年間父の菩提を弔い続けた。さらに、逸勢が赦免されると、娘は父の柩を背負いながら京へ戻り、改めて父を埋葬した。逸勢の娘の孝行は大いに評判になり、彼女の至孝を褒めない人がいなかった。

(『前賢故実』)