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さくら


画題

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解説

東洋画題綜覧

桜は我が日本民族の思想を象徴する名花として、古来洽ねく国民の賞翫するところ、その朝日に匂ふ山桜を以て、敷島の大和心に比した本居宣長の名歌はまことに千載不磨、此の花の価値をして千鈞の重きに到らしめてゐる、併し此の思想は遠く神代から伝へ来つたもので、既に神代紀に、此の花を名とした神さへも伝へられてゐるのである、植物学者はいふ、桜は決して日本独特の植物ではなく、既に朝鮮には、その原生林あることが発見され、更に支那に於ては陝西、甘粛省の東部にこれが分布を見、更に印度のヒマラヤにも之れが野生を見ると、併し桜の全種類を網羅してゐるのは日本を措て外にない、桜は薔薇科に属する落葉喬木で数種の自然品種と多くの園芸的品種がある、その自然品種に山桜、彼岸桜、江戸彼岸、里桜、染井吉野等がある。

山桜は山中に自生するもので桜属中の代表的のもの、花も美しく、幹や枝も外皮が光沢あつて美しい、白山桜と紅山桜の二種があり、花の開く時、上部に褐色の嫩葉を見せることが特長である、幹の高さ二三十尺に達し、花梗は割合に短かい。

彼岸桜は、その名の如く普通の山桜などに比し花期極めて早く、三月には既に花を見ることが出来る、本州中部に多く、幹は大木となる性を有する、花は小形で、一つ所から数輪固まつて咲く、色は白彼岸と紅彼岸とあり、時に八重もある。

江戸彼岸は彼岸に似てゐるが分類学上では別種になつてゐる、枝垂れ性を有し、大木となる素質を具へ、枝が細く垂れるので優美である、高さは二三丈に達し樹齢も往々二三百年に達するものがある、東京地方の桜の名木と称せられるものには此の種が多かつたので江戸彼岸の名称も生れたわけである。

里桜は一般人家に植ゑられてゐるもので一重と八重とがあり、色彩も多趣多様で、もとは山桜から出たものといふ。

染井吉野は東京附近に最も多い種類で、もとは伊豆山中に野生してゐたものを、昔巣鴨染井の花戸、伊藤伊兵衛が染井に移し植ゑ、漸次各地に広めたので染井吉野の名が残つてゐる、近頃は伊豆ばかりでなく、朝鮮にも此の種の原始林が発見されたといふことである。花は白味勝で僅かに紅を帯び、一時に咲くところは雲か霞かと見紛ふばかりである。

八重桜と一般に称せられてゐるものは、もと山桜から変化したもので、観賞用として多く栽ゑられる。花弁の非常に厚いものと薄いものとがあり、色も白、淡紅、濃紅、黄、紫といろ/\あり中には香気を放つものもあり、多くの花が集つて塊つて咲くので牡丹桜と俗に呼ばれてゐるものもある。

桜には『夢見草』『他名草』『尋見草』『他夢化草』『よしの草』『あけぼの草』『しのゝめ草』『かとり草』『もよひ草』などいろ/\あり、時には『花』といへば、それが桜の代名詞となる場合もある。

桜の名作は相当にある、主な作を挙げて置く。

伝長谷川等伯筆  『桜花襖絵』    京都智積院蔵

狩野尚信筆    『桜花襖絵』    京都二条離宮

無款       『桜山吹屏風』   東京帝室博物館蔵

無款       『吉野山屏風』   根津藤太郎氏蔵

無款       『日月桜楓屏風』  前田侯爵家蔵

尾形乾山筆    『桜花春草図』   大沢百花潭旧蔵

生駒等寿筆    『醍醐花見屏風』  醍醐三宝院蔵

狩野栄信筆    『桜花図』     紀州徳川家旧蔵

横山大観筆    『夜桜』      伊太利日本美術展出品

富田渓仙筆    『御室の桜』    朝香宮家御蔵

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)