杜如晦

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とじょかい


画題

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解説

画題辞典

杜如晦は支那唐初の良相なり、字は克明、京兆の人、隋の大業中侍郎に選ばれ、淦陽の尉に補せらる、唐の高祖京師を定むるや、秦王(後の太宗)引いて府兵曹参軍となし、陝州総管府長史に徙す、房立齢曰く、四方を経営せんと欲せば、如晦を措いて功を共にするものなしと、直に如晦を召して幕府に止め征伐に従ふ、累進して尚書右僕射に至り玄齢と共に朝政を治め、二人心を同して国に徇ふ、世に唐賢相をいうもの必ず房杜を推す、蔡公となり貞観四年卒す、年四十六、帝働哭し、葬に臨みて司空を加へ成文と謚す。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

支那唐初の名臣、字は克明、京兆杜陵の人、少にして英爽、高祖の京師を平ぐるや秦王世民これを引て府兵曹参軍とし、陝州総管府長史に徙る、時に府属の外に走るものが多かつたので秦王これを患ふ、房玄齢の曰く、去るものは多しと雖も惜しむに足らず、如晦は王佐の才、大王四方を経営せんと欲すれば、如晦を棄てゝ功を共にするものなしと、王因つて召し帷幕に参せしむ、秦王太子となるや、玄齢と共に朝政に参し賢者を引き、不肖を退け治世大に揚る、久うして疾を得、職を辞したが、帝は皇太子をして如晦の家を訪はして親しく慰問したといふ、薨ずる年五十六、諡して成と云ふ、世に良相といへば必らず房杜といふに至る。

人物画として描かるゝものあり。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)