李夫人

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りふじん


画題

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解説

画題辞典

李夫人に漢孝武帝の夫人なり、本と倡を以て進む、初め夫人の兄延年性音楽を知り歌舞を善くす、武帝之を愛し新声変曲を作る毎に感動せざるなし、延年上に侍し、起つて舞ひ歌つて曰く、北方佳人あり、世に絶して獨り立つ、一顧人の城を傾け、再顧人の国を傾く、帝曰く世に此の如きものあるやと、平陽主因て曰く延年に女弟ありと、帝即ち之を召すに、妙麗にして善く舞ふ、遂に之を寵して一男を生む、昌邑哀王に是なり、夫人少にして蚤く卒す、帝憐み。其形貌を甘泉宮に図せしむ、夫人の病める時、帝自ら臨み之れを候す、夫人被を蒙りて謝して曰く。妾久しく病みて形貌既廃す、再び帝を見ず、願くは王及兄弟を以て詫せんと、帝強ひて見んとせしも、色衰へたるを愧ぢて遂に肯んぜずといふ、秋元子爵所蔵に狩野常信の一幅あり。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

支那漢武帝の妃、もと倡人である、その兄延年歌舞をよくするので武帝之を愛し、その新曲を奏する毎に感動を新にした、或る時帝に侍し歌つて曰く『北方有佳人、絶世而独立、一顧傾人城再顧傾人国、寧不知傾城与傾国、佳人難再得。』と、帝嘆じてその何人であるかを問ふ、延年女弟のことを奏す、これにより召されて帝に侍し、一男を生む、昌邑哀王其人である、然も美人薄倖李夫人夭くして死す、帝憐んでその像を甘泉殿に掲げた、初め李夫人病篤し、帝自ら臨んで見舞ふ、夫人被を蒙りて曰く『妾久しく病み、容、崩るまた帝に謁することが出来ぬ』と、帝強いて見やうとしたが遂に見ず、夫人卒するに及び、后の礼を以て葬つたといふ。  (漢書外戚伝)

狩野常信にその作がある。(秋元子爵家旧蔵)

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)