明和改正

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めいわかいせい

十五世観世大夫元章が行った、観世流の能全体に及ぶ一大改革。

元章は世阿弥以来の家伝来の文書をよく調査した人物。 世阿弥伝書『三道』に、時代に合った能の改作の必要性が説かれていることに触発され、観世流謡曲の詞章に大改訂を加えた。 当時は国学の隆盛期であり、元章の後援者であった田安宗武がその推進者の一人であったことに影響を受け、国学者の賀茂真淵や加藤枝直と計って行われたものである。 また詞章の改訂に伴って演出全般にもかなりの改訂を加えた。 それはシテの演出ばかりでなく、ワキ・アイの演技や台詞、作リ物にまで及ぶ広範なものであった。その成果として明和二年に刊行されたのが、いわゆる『明和改正謡本』である。

この明和改正は概して不評であったらしい。 その要因は改訂の度合いがあまりにも甚だし過ぎたことである。 また国学の影響で、詞章に古語を多用し、それまでの謡曲の流麗なリズムを失わせる結果になったことも大きな要因であった。 こうして、この『明和改正謡本』は、元章の生存中は実際に用いられたが、安永三(1774)年に元章が没すると、周囲の総意のもとに多くは旧来の詞章に戻された。 しかし、明和改正によって新たに観世流謡本に取り入れられた曲の一部は、後の観世流謡本にも継承された。 また、たとえば《采女》の小書である美奈保之伝のように、現在の演出として遺されているものも少なくない。