新内節

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しんないぶし


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歌舞伎

江戸中期に豊後箭から生まれた浄瑠璃。 元文四年(1739)に宮古路豊後嫁の豊後節が風俗上害があるというので禁止されたのち、その流れをくむ鶴賀若狭嫁が富士松加賀八太夫と新しく鶴賀節をはじめたが、この加賀八太夫、のちの鶴賀新内が非常な美声で、「明鳥」「蘭蝶」「尾上伊太八」などの男女の情痴の世界を、人の肺腑をえぐるような剰那的な節廻しで語ったので、たちまち人気を得て新内節といわれるようになった。 大体新内は劇場との関係はうすく、お座敷芸で、演奏には必ず前弾きがあり、また上調子を加えた二挺の三味線で合奏する新内流しは独特のものである。幕末には名人といわれた富士松魯中、明治大正期には美声で知られた七世富士松加賀太夫がいたが、今は多くの派に分れ、入世鶴賀若狭掾、九世富士松加賀大夫、岡本文弥その他がいる。