慈覺大師

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じがくだいし


画題

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解説

画題辞典

天台第二世の座主にして、実に山門天台の祖なり、名に円仁、俗姓は壬生氏、下野の人、延暦十三年生る、初め州の大慈寺にありしが、大同三年、比叡山に登り、伝教大師に師事す、是に於て台教の妙旨大蔵経論洞貫せざるなし、時に同じく止観を學ぶもの十人あり、唯円仁一人その業を卒ふ。年二十一にして得度し、数年にして具足戒を受く、承和五年国使藤原常嗣に従って唐に入り、密教を究め、四年帰朝す、齊衝元年、天台座主となる、三年冷泉院に於て両部の灌頂を天皇に授け、又中宮太后に法を説く、貞観六年正月十三日寂す、壽七十一、勅して慈覺大師と謚し、智証大師と並称せらる。著わす所、金剛頂、蘇悉地二経の疏、共に七巻、顕揚大戒論等凡そ百部あり。

(『画題辞典』斎藤隆三)