常磐津節

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ときわづぶし Tokiwazu-bushi


総合


歌舞伎

宮古路豊後掾の豊後節が風俗上害があるというので元文四年(1739)に禁止されたあと、その門人の宮古路文字太夫のちの常磐津文字太夫が延享(1745)頃、江戸ではじめた浄瑠璃で、語り物として面白く、拍子がはっきりしていて踊り地としてもっとも適しているので大いに流行し、江戸の中頃から後半期にかけては幾人もの名人が出て、常磐津節の全盛時代であった。 別に岸沢派があり、家元は八世岸沢式佐である。また明治の名人常磐津林中の流れをひく、三東勢(みとせ)太夫と千東勢太夫がいて活躍している。 なお、三味線の三世文字兵衛は芸術院会員で、昭和三十年三月、重要無形文化財の保持者として認定された第一人者である。曲目は大部分歌舞伎浄瑠璃、踊り地で、代表曲は「関の扉」・「戻駕」「葱売(しのぶうり)」「新山姥」「乗合船」などである。