小野通女

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通説では安土桃山・江戸前期の浄瑠璃物語の作者。美濃生。小野政秀の娘。和歌を九条稙通に学び、書画に巧みで狩野光信に学び、好んで天神の像を描いた。はじめ織田信長に仕え、信長没後は田舎に閉居したが淀君に召され侍女となり、淀君の所望によって牛若丸と浄瑠璃姫の物語『十二段草子』を創作したといわれている。淀君没後は徳川秀忠の女千姫、のち東福門院に仕える。寛永8年(1631)没、63才〔一説に元和2年(1616)没、58才〕。