小督

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こごう


画題

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解説

(分類:物語)

画題辞典

小督局のこと、もと平家物語に出て、又後に謡曲に作られて世に知らる。小督は桜町中納言藤原成範の女なり、姿色優れ、宮中に入りて禁中第一の美人と称せられ、高倉天皇の特寵を受く、天皇の中宮は後の建礼門院にして平相国清盛が女なり、小督入りでより中宮寵衰ふ。又是より先小督寿家に在るの時、清盛の女婿藤原隆房と相愛す、隆房其宮中に入るを見て眷恋情堪えず、清盛謂らく、中宮の寵の衰ふる、隆房の憂悴する、皆是れ小督の為す所なりと、私に之を害せんとす、小督即ち之を聞きて潜かに宮中を脱す、主上愛慕の至情禁ずる能わず、或る夜八月中旬深更に及び、宿直の士弾正の大弼仲国を召し、命ずるに小督を索むることを以てす、仲国即ち寮の御馬に跨り、明月に鞭を揚げ、小督が匿るゝと聞く嵯峨野指して馬走らしめ、豫ねて小督琴を善くするを思い出で、月下に琴弾く所や何処と尋ねたり、彼方此方と求むる間に、峰の嵐か松風とも聞ゆる琴の音を亀山のあたりに聞きて小督が假の住居なる片折戸したる家に尋ね当てたり、実に小督が月明に君の御事思い出で想夫恋なる曲を奏するにてありしとぞ。かくて其夜は此趣奉答し、明日はあれ小督が大原の奥にも赴かんというをやうやうにして再び私に宮中に伴い還し、主上の寵幸更に厚かりしが、遂に清盛の知る所となり尼とせられぬるという。年僅に二十三とぞ聞えし、嵯峨の奥に琴に思を寄せて君を偲ぶ小督、月下に駒を走らして琴の音を求むる仲国、何れ好画材というべし、古来画家の筆に上ること多し。

緒方光琳の所画(京都内貴氏所蔵)あり、続いては渡辺始興、冷泉為恭などの画くあり、現代にては下村観山菱田春草等の筆に成るもの知らる。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

小督局は少納言信西が孫、桜町中納言成範卿の女で、禁中第一の美人であつたが、清盛の為めに忌まれて遂に嵯峨の奥にかくれたのを、仲国が高倉天皇の勅を奉じて名月の夜これを尋ね、駒をとゞめて小督の局の奏づる想夫恋の曲を聞く、謡曲にもあつて有名であり、絵画にも好画題としてよく画かれる、出所は平家物語である、一節を引く。

主上恋慕の御思に沈ませおはします、申慰参らせんとて、中宮の御方より小督殿と申す女房を参せらる、此女房は、桜町中納言重教卿の御娘、宮中一の美人、琴の上手にておはしける、冷泉大納言隆房卿、未少将なりし時、見初たりし女房なり、少将は初は歌を詠み文を尽し恋悲しみ給へ共、靡く気色も無りしが、さすが歎に弱る心にや、終には靡給けり、され共今は君に召れ参せて為方なく悲さに飽ぬ別の涙には、袖しほたれてほしあへず、少将余所ながらも小督殿見奉る事もやと、常は参内せられける、御座ける局の辺、御簾のあたりを彼方此方へ行き通りたゝずみ歩き給共、小督殿吾君に召さるゝ上は、いかに云共、詞をもかはし文を見ベきにもあらずとて、伝の情をだにも懸られず、少将若やと、一首の歌を詠で小督殿のおはしける御簾の中へぞ投入たる。

思ひかね心は空に陸奥のちかの塩釜近きかひなし

小督殿、やがて返事もせばやと被思けめ共君の御為、御後めたう被思けん、手にだに取て見給はず、軈て上童に取せて、坪の内へぞ投出す、少将情なう恨めしけれ共、人もこそ見れと、空恐しう被思ければ、急ぎ是取て懐に入てぞ被出ける、猶立帰て

玉章を今は手にだに取らじとやさこそ心に思ひ捨つとも

今は此世にて相見ん事も難ければ、生て物を思はんより、死んとのみぞ願はれける。入道相国是を聞き、中宮と申も御女也、冷泉少将も婿也、小督殿に二人の婿を被取て『いやいや小督があらん限りは世の中好かるまじ、召出て失はん』とぞ宣ける、小督殿漏聞いて『我が身の事は争でも在なん、君の御為御心苦し』とて、或暮方に内裏を出て、行方も不知失たまひぬ。

主上御歎不斜、昼は夜のおとゞに入せ給て御涙にのみ咽び、夜は南殿に出御成て、月の光を御覧じてぞ慰せ給ける、入道相国是を聞き、『君は小督が故に思召沈せ給けん也、さらんには』とて、御介錯の女房達をも参せず、参内し給ふ臣下をも猜給へば、入道の権威に憚て、通ふ人もなし、禁中弥忌々しうぞ見えける。角て八月十日余に成にけり、さしも隈なき空なれど、主上は御涙に曇りつゝ、月の光も朦にぞ御覧ぜられける、良深更に及んで、『人や有る』と被召けれ共御いらへ申す者もなし、『弾正少弼仲国』と御いらへ申たれば、『近う参れ、可被仰下事有り』何事やらんとて御前近う参じたれば『汝若小督が行方や知たる』仲国『争でか知り参せ可候、努々知り不参候』『誠やらん、小督は嵯峨の辺に片折戸とかやしたる内に在りと申す者の有ぞとよ、主が名は不知共尋て参せんや』と仰ければ、『主が名を知候はでは争か尋参せ可候』と申せば『実にも』とて竜眼より御涙を流させ給ふ。

仲国つく/゙\と物を案ずるに、誠や、小督殿は琴弾給しぞかし、此月の明さに、君の御事思出参せて、琴弾給はぬ事はよも非じ御所にて、弾給しには仲国笛の役に被召しかば、其琴の音は何くなり共聞知んずる物を、嵯峨の在家幾程か可在、打廻て尋ねんに、などか聞出ざるべきと思ひければ、『さ候はゞ、主が名は不知とも、若やと尋参せて見候はん、但し尋逢参せて候んに、御書を給はらで申さんには、うはの空とや被思召候はんずらん、御書を賜て向ひ候はん』と申ければ、誠にもとて御書をあそばいて給うだりけり、『寮の御馬に乗て行け』とぞ仰ける、仲国寮の御馬給つて、明月に鞭を揚げ、そことも不知ぞあくがれ行く。小鹿鳴く此山里と詠じけん、嵯峨の辺の秋の比、さこそは哀にも覚けめ、片折戸したる屋を見附ては、此内にもやおはすらんと、ひかへ/\聞けれども、琴弾く所も無りけり、御堂などへ参給へる事もやと、釈迦堂を始て、堂々見廻れ共、小督殿に似たる女房だにも見え給はず、空う帰参たらんには、中々参らざらんよりは悪かるベし、何地へも迷行ばやと思へ共、何くか王地成らぬ、身を可蔵宿もなし、如何せんと思ひ煩ふ、誠や、法輪は程近ければ、月の光に誘はれて参給へる事もやと、其方向てぞ歩ませける。亀山の傍近く、松の一村有る方に、幽に琴ぞ聞えける、峰の嵐か松風か、尋ぬる人の琴の音か、無覚束は思へ共、駒を早めて行く程に、片折戸したる内に、琴をぞ弾澄されたる、控て是を聞きければ、少しも紛べうもなき小督殿の爪音也、楽は何ぞと聞たれば、夫を想て恋ふると詠む想夫恋と云ふ楽なり、さればこそ、君の御事思出して、楽こそ多けれ、此楽を弾給ひける優しさよ在り難う覚て腰よりやうでう抜出し、ちと鳴いて、門をほと/\と敲けば軈て弾止給ぬ、高声に『これは内裏より仲国が御使に参て候、開させ給へ』とて、たゝけども/\咎むる人も無りけり、良有て内より人の出る音のしければ嬉う思て待つ所に、鎖子をはづし、門を細目に開け、いたいけしたる小女房の顔計指出いて、『門違にてぞ候らん是には内裏より御使など給べき所にても候はず』と申せば、中々返事して門たてられ鎖子さされては悪かりなんと思て、押開てぞ入にける、妻戸の隙の縁に居て、『いかに加様の所には御渡り候やらん、君は御故に思召沈ませ給て御命も既に危うこそ見えさせ御座し候へ、只うはの空に申とや被思召候はん、御書を給て参て候』とて、御書取出て奉る、有つる女房取次で、小督殿に参せたり、開き見給へば、誠に君の御書也けり、軈て返事書き引結び、女房の装束一重添て被出たり、仲国、女房の装束をば肩にかけ申けるは、『余の御使で候はば御返事の上は兎角申すに及び候はね共、日比内裏にて御琴遊し候時、仲国笛の役に被召候し奉公をば、争か御忘候べき、直に御返事を承らで帰参候はん事こそ世に口惜候へ』と申ければ、小督殿も実にもとや被思けん、自ら返事し給けり『其にも聞せ給つらん、入道相国余に怖き事をのみ申すと聞しが浅ましさに、内裏をば北出で、此程はかゝる棲居なれば、琴など弾く事無りつれ共、さても可有ならねば明日よりは大原の奥に思立つ事の候へば、主の女房の今夜ばかりの名残を惜て、今は夜も更ぬ、立聞く人も非じなど勧れば、さぞな昔の名残もさすが床うて手馴し琴を弾く程に、安うも聞出されけりな』とて涙もせき敢給はねば、仲国も袖をぞ湿しける、良有て仲国涙を抑へて申けるは、『明日より大原の奥に思召立つ事と候は、御様などを変させ可給にこそ、努々あるべうも候はず、さて君の御歎をば何とかし参せ給べき、是ばし出参すな』とて、供に召具したる馬部吉上など留置き、其屋を守護せさせ、寮の御馬に打騎て内裏へ帰参つたれば、ほの/゙\と明にけり、『今は入御となりぬらん、誰して申べき』とて寮の御馬繋がせ、ありつる女房の装束をば、はね馬の障子に打掛け、南殿の方へ参れば、主上は未夜辺の御座にぞまし/\ける『南に翔北に嚮、寒温を秋雁に付難し、東に出て西に流れ、唯瞻望暁の月に寄す』と、打詠させ給ふ処に仲国つと参たり、小督殿の返事をぞ参せたる、主上なのめならず御感なつて、『軈て夕去具して参れ』と仰ければ、入道相国の還聞給ん所怖しけれ共、是又綸言なれば、雑色牛車清げに沙汰して嵯峨に行向ひ、参るまじき由やう/\に宣へども、様々に拵へて、車に乗奉り、内裏へ参りたりければ幽なる処に忍ばせ夜々被召ける程に、姫宮御一所に出来させ給けり、此姫宮と申は坊門女院の御事なり、入道相国何としてか漏れ聞たりけん、『小督が失たりと云ふ事は、跡形もなき虚言也けり』とて小督殿を捕へつゝ尼になしてぞ追放つ、小督殿出家は元より望なりけれ共心ならず尼に被成て歳二十三、濃墨染に窶果て、嵯峨の辺にぞ被棲ける、うたてかりし事どもなり、主上は加様の事共に御悩附せ給ひて遂に御隠れ在けるとぞ聞えし。  (平家物語巻六)

小督局を画いた作は少くない主なもの左の通り。

尾形光琳筆              内貴清兵衛氏蔵

冷泉為恭筆  『雪月花』三幅対の月  

同      『嵯峨野の秋』     松本双軒旧蔵

奥村政信筆              小早川雄氏蔵

小堀鞆音筆  『嵯嵯野の月』     寺岡誠一郎氏蔵

竹内栖鳳筆  『仲国訪小督』     中山松陽庵旧蔵

吉田秋光筆              第一回帝展出品

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)